取材記事

休プラ編集部

芸術祭から復興へ。サポートスズが紡ぐ石川県・珠洲の「コミュニティ」と「記憶」 

石川県

芸術祭から復興へ。サポートスズが紡ぐ石川県・珠洲の「コミュニティ」と「記憶」 

石川県の北東部、能登半島の先端に位置する珠洲市で、2017年からスタートした「奥能登国際芸術祭」。この芸術祭の運営をサポートする目的で2019年に誕生したのが、一般社団法人サポートスズです。 2023年の秋に3回目の芸術祭を開催した後、2024年元日に発生した能登半島地震によって、珠洲市は大きな被害を受けました。次の開催のめどを立てることもできず、一時的に団体の活動を停止。その後、2023年度の緊急枠へ申し込み、休眠預金を活用した地域復興の足がかりともなる新たな活動をスタートさせました。

詳しい事業についてサポートスズの事務局・木村元洋さんに伺うと共に、伴走を続けている資金分配団体の一般社団法人RCF・荻布裕子さんにもお話を聞きました。 

活動停止を経て歩み出した、地域コミュニティ再生の場づくり

 「奥能登国際芸術祭」は、珠洲市内を舞台に、野外やかつて小学校、公民館、保育所だった場所などへ国内外のアーティストの作品を展示する芸術祭です。サポートスズは、芸術祭の運営に参加するボランティアスタッフのコーディネートや、作品の制作や設置におけるアーティストのサポート、展示中の作品のメンテナンス、訪れた人たちを案内するガイドといった活動を担うために設立されました。 

サポートスズ 活動風景

サポートスズの木村さんは、「芸術祭をきっかけに能登へ移り住んできた方々、地元の方々、それぞれが得意分野を生かした役割を果たしながら運営してきた」と話します。芸術祭のタイミングで国内外から集まり、運営をサポートする会員の登録者数は、およそ700人。多くの人が関わって運営してきた芸術祭であることがよくわかります。 

しかし、2024年の震災と、同年9月に発生した能登半島豪雨により珠洲市内の約7割の家屋が全半壊状態となり、アート作品の多くも被害を受けました。そうした中で、サポートスズも一時は活動停止をせざるを得ない状況になりましたが、2024年7月に休眠預金等活用制度の助成を受け、活動を再開します。

 木村「災害の直後は何よりも街の復旧が優先で、どうしてもアートを含めた文化芸術分野の優先順位は低くなってしまいます。ただ、いずれ必要とされる時が来る。そうした意味で、長い目で見て団体の活動を考えていかなければいけないと思っていました。そのために欠かせなかったのが、組織体制や資金面の基盤づくりです。休眠預金の活用は、まさにその基盤を整える大きなきっかけになったと思います。 

約半年間の活動停止を経て再開するにあたって、“自分たちにできることが何か”を見つめ直す中で、無理なく続けていくこと、そして地域コミュニティの再生につながるような場を丁寧につくっていくことの大切さを実感していました」 

そうして、いったん芸術祭に関する活動は、壊れずに残った作品のメンテナンスのみを継続することに。その代わりに2023年度の緊急枠を活用して、新たな活動へと一歩を踏み出したのです。 

地域内外の人々が集い、意見を交わし合える3つの拠点 

活動の柱に据えたのは、次の2つ。1つ目は、人の流れを取り戻して地域を元気にすること。2つ目は、多様な住民の意見を集めて市へ提言することです。 

木村「震災・豪雨はネガティブなものをたくさんもたらしましたが、一方でボランティアや復興支援のために能登へ来てくださる人たちとの“新しいつながり”が生まれるポジティブな要素もありました。そこで、その人たちをサポートしたり、交流を深めたりできる場をつくりたいと考えたのです。また、市が復興計画策定に向けて地区ごとに説明会を開催する中で、若い人や子育て世代の人たちの意見を集めて市へ提言したい。そう思って、内浦エリア・外浦エリア・金沢と3つの交流拠点を設け、活動を始めました」

内浦エリアには、「海浜あみだ湯」という銭湯があります。普段から老若男女問わず多様な地元の方々が集まり、震災後にはいち早く営業を再開して住民やボランティアで来た人たちを癒してきたこの場所を拠点に、「熱交換会」と題してワークショップや意見交換会を実施しました。 

海が見える銭湯・海浜あみだ湯。地元の木材を使ってお湯を沸かしている

外浦エリアでは、小学校跡地に芸術祭の作品の1つとして建てられた「潮騒レストラン」 を拠点に、アーティストと連携した居場所づくりを展開。金沢では、教育や子育て支援に取り組むNPO法人ガクソーと連携し、子どもたちの居場所やメンタルケアを提供しながら、子どもや親を中心とした二次避難者と共に学校や子育てに関する話し合いができる集いの場を設けました。

潮騒レストランの外観。どの席に座っても外浦の海を一望することができる

木村「私たちは各拠点に寄せられた意見を取りまとめ、2024年の年末に、すでに策定されていた市の復興計画に対して『こういった意見を加えるべきではないか』という提言をまとめて提出しました。例えば、公共インフラのオフグリッド化、非常時も学習を継続できる教育体制、交流促進のための民家貸出し窓口の設置、解体家屋の木材の利活用、デジタル技術を活用したDX施策などを盛り込んだのです」

さらに、2024年度の緊急枠も活用し、前年度の活動をアップデートしていきました。2025年度のテーマは、地元の方々との協働によるアクションの流れを生み出すこと。

木村「潮騒レストランは当初、観光客が集まる場所でした。けれど、レストランの店長が消防団で活動するなど地元とのつながりがより強くなっていったこともあり、どんどん地元の方々にとっても入りやすい場所となっていきました。それを生かして、月に一度、地元の食文化や歴史などに触れながら食事をするイベントをスタートさせたのです。また、かつて地元で使われていた民具を活用したワークショップも実施しています。民具を修理するワークショップでは、地元の人が先生になって教えてくださったり、準備に協力してくださったりと、少しずつ協働の機会が増えています」




潮騒レストランでの民具を使用したお茶会の様子

「珠洲らしい復興」の基盤となる、街のアーカイブを残したい

震災復興を進める珠洲を豪雨が襲い、進めてきた“居場所づくり”は一時的に停滞。そうした状況下で、サポートスズは計画変更を余儀なくされ、新たな一手として「スズレコードセンター」の設立を打ち出しました。その名の通り、珠洲や奥能登の記録(レコード)を集めた場所。住民から持ち込まれたり、記録のために撮り下ろしたり、市などが保管していた写真や映像、資料などを展示・保管し、未来の街づくりに生かすことが設立の目的です。

木村「珠洲市内はおよそ7割の家屋が半壊以上の被害を受け、解体されていきました。毎日通っていた場所でも、『あれ?ここに何が建っていたんだっけ?』とかつての街並みを忘れてしまっているという声も耳にしました。けれど、継承されてきた家の造りや街並み、景観を基礎に復興していかなければ、地元らしさが失われてしまいます。だからこそ、”アーカイブ”として残しておくことはとても重要。そう考えて、スズレコードセンターを設けることにしたのです」

寄せられた資料の展示・催事を通して、来場者が語り合い、考える場になっている

2025年5月のオープンイベントの際には、昔の朝市の様子を映した写真を見て、ある男性が「うちの母親が映っている」と声を上げました。震災によって写真などの思い出は手元から失われてしまいましたが、この場所でまた母親の思い出と再会できたのです。展示してある写真には、どこを写したものなのかがスタッフにはわからないものも。そうした時には、「これはどこですか?」と付箋を貼って展示しておくと、地元の方が「〇〇だよ」と教えてくれることもあるのだとか。木村さんは「すごく双方向なやり取りが生まれています」と顔をほころばせます。

貼り付けられた付箋の中には、写っているのが“自分の子どもの頃”だと伝えるものも

また、冬の寒さが厳しい外浦エリアは冬季休業をする店が多く、潮騒レストランも同様に休業を考えていたところ、地元の方から「月に1回でも続けたい」との声が上がったのだとか。民具を使ったワークショップについても同様に「今度打ち合わせをしよう」と積極的に声がかかり、木村さんは「地元の方々との協働が少しずつ醸成されつつあります」と手応えを語ります。

多様な人々が交わって、共に1日1日を慈しめる地域へ

居場所づくりや市への提言、街の歴史のアーカイブなど、これまでとは異なる取り組みにも活動の幅を広げているサポートスズ。「大変なことも多かったのでは?」と尋ねると、返ってきた答えはポジティブなものでした。

木村「もともと、地域やアーティストとのネットワークがありましたから、それを生かすことができてやりやすかった面があると思います。珠洲を含め、能登は地区ごとの小さなコミュニティがとても強い一方で、地区横断のコミュニティはあまり強くない印象があります。地区を超えたネットワークを持っていたからこそ、スムーズにいくことも多かったように感じています」

サポートスズの休眠預金活用事業を2年に渡って支えてきた、資金分配団体・RCFの荻布さんは、同団体の強みについてこう話します。

荻布「地域内外の人材、視点をお持ちなので地域内外をつなぐネットワークが作れるのが大きな強みだと思います。また、アーティストと連携して活動をされていますから、一般的な地域活動とはひと味違う、センスの良さや深みを感じるのも特徴ではないでしょうか。震災後、9月の豪雨で既存の目標を取りやめたり、下方修正したりせざるを得ない中で、代替する取り組みを多く企画されたスピード感にも尊敬の念を感じました。その1つが、スズレコードセンターの計画です。こんなに大きな方向転換は大丈夫だろうかと思いましたが、結果的に大きな成果を生み出すプロジェクトとなり、サポートスズのみなさんの柔軟性と実行力の高さに驚きました」

スズレコードセンターのオープンに向けて施工を進める様子

今後は、震災前の活動であるアート作品を通じた地域づくり、交流人口・関係人口を増やしていくことに引き続き注力しながら、休眠預金活用事業で立ち上げたさまざまな活動も継続していくそう。

木村「地元で生まれ育った人、震災前に移住してきた人、震災後に移住してきた人……と、それぞれの価値観や考え方には違いがあります。けれど、率直に意見を交わしながら、すり合わせながら、一緒に前に進んでいける地域づくりをしていけたら。最近、20代の移住者の方と話していた際、『近所の人にもらったカボチャを使って、今からみんなでご飯を作るんです』と、楽しそうに教えてくれました。その言葉を聞いて、移住者の方々が日々の暮らしを心から楽しんでいることを実感しました。年齢を重ねた私や同年代の方は、遠いゴールのために日々の楽しみや喜びを我慢してしまいがちな面があるように思いますが、震災後のこれからは、日々のことを一つひとつ楽しみながら前に進む価値観が大切なんだろうと感じています」 旅行業務取扱の資格を取得し、2025年からはツアー事業もスタート。修学旅行生や芸術大学の学生の研修ツアーを企画して案内するなど、少しずつ新しい事業の拡大を目指しています。また、2029年を目指して芸術祭再開の動きも見え始め、本格的な活動再開が期待できそうとのこと。震災経験の先の創造的な復興に向かっていく、これまで以上に魅力的な芸術祭になるはずです。

■事業基礎情報①

実行団体一般社団法人 サポートスズ
事業名共に歩む未来へ 珠洲コミュニティデザインプロジェクト
採択事業年度2023年度緊急枠
活動対象地域石川県珠洲市
資金分配団体一般社団法人 RCF

■事業基礎情報②

実行団体一般社団法人 サポートスズ
事業名珠洲の記憶と誇りを未来に繋ぐ復興まちづくりプロジェクト
採択事業年度2024年度緊急枠
活動対象地域石川県珠洲市
資金分配団体一般社団法人 RCF

休プラ編集部