医療を届ける新しい仕組み──能登半島地震から始まった「ヘルスケアMaaS事業」とDC-CATの挑戦
石川県

少子高齢化が進む日本において、特に高齢化が顕著な過疎地域の医療・ケアへのアクセスをどう実現していくかは大きな課題です。一般社団法人コミュニティヘルス研究機構は、2024年の能登半島地震に際し、被災地支援の一環として、医療・ケア専門職によるチーム「DC-CAT」を立ち上げ、支援活動を実施。2023年度の休眠預金活用事業(緊急枠、資金分配団体:特定非営利活動法人エティック)に採択され、被災によって医療・保健サービスにアクセスできない住民の「受療機会の担保」などを目的に新たな事業を立ち上げました。今回は、機構長・理事長の山岸暁美さんに、被災地での取り組みと地域への引き継ぎを前提とした支援のあり方などについてお話を伺いました。
地域に即した医療・ケアと継続可能な女性のキャリアを実現するために
一般社団法人コミュニティヘルス研究機構は、医療・保健・福祉・健康に関する学術調査や臨床研究を通じて、現場の医療やケアの質向上、地域との連携促進に取り組む団体として、2017年4月に山岸暁美さんによって設立されました。山岸さんは、病院勤務や訪問看護に従事した後、厚生労働省で在宅医療政策などに携わる中で、「もっと地域の実情に即した支援がしたい」という思いを抱くようになります。そうした思いをかたちにするべく、慶應義塾大学医学部に籍を置きながら同機構を立ち上げ、理事長・機構長に就任。設立当初の動機の一つは、育児や介護によって中断しがちな女性のキャリアを継続できる仕組みをつくることでした。

山岸暁美さん(以下、山岸)「私自身も経験しましたが、医療や看護などの仕事に携わる女性が子育てや介護によって仕事を離れると、履歴書上キャリアに空白ができてしまいます。その間、どこかに所属して可能な範囲で仕事ができるような仕組みを作れないかと考え、国や自治体から仕事を受託し、それを分担して行うという小さな活動からスタートしたんです」
主な事業は、在宅医療・看護、高齢者介護、高齢者救急、地域連携、コミュニティヘルスに関する事業支援、研究支援、実装支援など。また、BCP(業務継続計画)に関する厚生労働省の専門家委員会の委員長として、BCP策定支援研修やモデル事業にも取り組んでいます。
能登半島地震の直後から専門チームを立ち上げ、支援に動き出す
2024年1月1日、石川県能登地域で最大震度7を観測した大規模な地震が発生し、広範囲にわたって甚大な被害がもたらされました。
災害支援にはいくつかのフェーズがあり、発災直後は、命を救うため、特に手厚い公的支援が行われますが、状況が落ち着いていくと、地元の医療機関やケア機関などにバトンタッチしていくもの。しかし、今回のように大きな災害の場合は、通常の体制ではカバーしきれない部分が出てきます。特に、被害の大きかった奥能登地域(二市二町)のうち一市一町では、発災前から高齢化率が5割を超え、残る一市一町や激甚災害の認定を受けた6市町でもその割合は4割以上。こうした地域には、ケアを必要とする人がたくさん暮らしていました。そのため、建物の倒壊や土砂崩れなどに巻き込まれたことによる「災害直接死」だけではなく、発災から数週間〜数カ月経過した時期に怪我や病気の悪化、ストレスなどによって亡くなる「災害関連死」が増えることが心配されていました。こうした状況を受けて、山岸さんが1月8日にコミュニティヘルス研究機構のプロジェクトチームとして立ち上げたのが、公的支援のすき間を補い、中長期的に被災地の支援や復興に関わる医療・ケア専門職のチーム「DC-CAT(Disaster Community-Care Assistance Team)」です。チームのメンバーは現役の看護・ケア職であることから長期的な支援を行うことは難しいものの、「みんなの小さな力を集結して大きな力にしよう」という思いのもとに発足しました。
山岸「DC-CATの目的は、公的支援を補完しながら増大するケアニーズに対応することです。助かった命のその先の『生きる』を支え、災害関連死を阻止し、地域医療やケア機関の復旧プロセスの支援に動きました」

DC-CATは、まず石川県七尾市以北の6市町を活動エリアとし、県庁とタッグを組んで、支援要請を受けた避難所や福祉避難所に災害支援活動のスキルを持つケア専門職(看護師・介護福祉士・社会福祉士・薬剤師・歯科衛生士など)を派遣する支援を行いました。さらに、介護施設や障害者施設への支援にも多数のメンバーが参画。延べ2,000人のメンバーが現地支援に入りました。
調査から見えた課題をもとに「ヘルスケアMaaS事業」がスタート
発災から数カ月経過すると公的支援が撤退し始めます。被災した人たちも避難所から農作業などの仕事に向かうようになると、避難所や仮設住宅に戻ってから体調が悪くなる人が増えたため、夕方から夜間にかけて地元の医師会や保健師が電話対応をすることになりました。しかし地元の人たちだけでは負担が大きいため、DC-CATの看護師が地元の医療機関や保健師との盤石な連携体制を整備することを前提に、「電話対応であれば、被災地以外にいる医療・看護職でも対応できるのではないか」との考えから生まれたのが、健康相談ダイヤル事業です。
さらに、現地活動や地元保健師との連携、さまざまなデータから、被災地ではいまだに医療・保健サービスにアクセスできない人が多くいるという実態が見えてきました。こうした状況を踏まえ、コミュニティヘルス研究機構では、移動診療車を活用した、ヘルスケアMaaS事業を計画。特定非営利活動法人エティックが実施する休眠預金活用事業の2023年度緊急枠に申請し、採択されました。
山岸「保健師たちと一緒に、特にアクセスの悪い4地域に対して住民悉皆調査を行いました。調査によって判明したのは、震災前より医療機関の受診を控える人が多いこと、その主な理由が移動手段の不足であること、薬をもらいに行きづらいため薬を飲む量を減らしている人がいることなどです。また、オンライン診療については消極的な住民が多いものの、『看護師のサポートがあれば利用してみたい』という意向があることもわかりました。半年でむせやすくなった、体重が減った、夜眠れないといった声も多く、その場しのぎの医療ではなく、ケアや予防の視点からのアプローチが必要だと考えました。こうした背景から、モビリティの活用によってヘルスケア全般を支える取り組みとして『ヘルスケアMaaS(Mobility as a Service)事業』と名付けました」

現地に足を運び、画面越しにつながる。オンラインで実現した医療・ケアのかたち
こうして始まった「ヘルスケアMaaS事業」。休眠預金活用事業の助成金は、移動診療車のリース、看護師の雇用などに活用。まずは7月に志賀町で、看護師が同乗した移動診察車が集会所などに出向き、車内のテレビ電話を使って診療所や病院の医師とつながるオンライン診療(D to P with N:Doctor to Patient with Nurse)をスタートさせました。
事業評価のための調査で患者さんからの評価が高かったこととして、医師による診療、薬剤師の服薬指導のあとに、看護師から「わからないところはなかったですか?」といったフォローがあることが挙げられました。また、集会所など、家から歩いていける場所で診療が受けられる点も、移動が困難な高齢者に好評。一方、医師にとっても、看護師が事前にバイタル測定やアセスメントを行い、その情報を要点化して伝えることで、診察の効率が高まるというメリットがありました。


穴水町では集会所が被災して集まれない地域があったため、その場合は看護師が患者さんのご自宅に出向いて、デバイスを操作しながらオンラインで診療を行いました。さらに、診療だけでなく、栄養士による栄養指導を行うなど、保健分野でも同様にオンラインの活用を広げていきました。
山岸「事業開始前は、関係者などから『インターネットに馴染みのない高齢者の方がオンライン診療を受け入れられるのか』という心配の声がありました。ただ、実際に画面越しにかかりつけ医の顔が映ると、『先生!』とうれしそうに呼びかける人たちの姿も見られ、想像以上に柔軟に受け入れられた印象です。当初はオンライン診療に対して消極的だった地域でも、新たに就任した地元病院の院長がオンラインで『研修医時代から能登にご縁があり、これからも住民の皆さんとここでの医療を支えていきたい』とお伝えされる姿に涙を流す住民の方もいて。そこから『ああやって先生と話せるのなら、受けてみようかな』とオンライン診療に前向きになる方が増えていきましたね」

有事から平時へ。地域に引き継がれるヘルスケア事業
2024年6月から2025年2月にかけて実施された「ヘルスケアMaas事業」では、休眠預金活用事業の終了後も、地域で持続的にサービス提供ができるように体制づくりを進めました。具体的には、被災地に外部の支援チームが入り続けるのではなく、行政や地域の医療機関・人材で運用できるように、ノウハウの継承や環境整備を実施。県と県医師会、県看護協会が設立した第三セクター「石川県医療在宅ケア事業団」へ運営を引き継ぎました。
また、当初は被災直後という状況から、高額な遠隔診療システムや大型の移動診療車など、災害支援の即応性を重視した設備の導入が想定されていました。しかし、現地の医療関係者とも事業の継続性について検討を重ね、提案、実施、評価のサイクルを何度も重ねた結果、最終的に手軽に導入しやすいZoomの活用や軽自動車を用いた診療に切り替えるなど、運用の柔軟な見直しが行われました。さらに、事業の一環として始まったケースカンファレンス(事例検討会)も、初回の参加者12名から最終回には90名以上が集まる場へと発展。発災前はこうした6市町の医療者が一堂に会し、医療やケアについて話し合う場はなかったとのことで、このケースカンファレンスについても引き継がれていく予定です。

山岸さんは通常の仕事と並行しつつ、1年間で210日もの間、能登に入って現地で活動を続けてきたとのこと。能登半島での活動について、こう振り返ります。
山岸「住民の皆さんにも本当にたくさん助けていただきました。印象的だったのは、ビニールハウスに避難していた住民の方々が、自ら山水を引いて、薪を焚いて沸かしたお風呂に私たちにも入っていくように勧めてくれたことです。本来ボランティアは“自己完結”が原則ですが、その方たちが『やってもらうだけではこっちもしんどいんだよ』とおっしゃったことから、お言葉に甘えさせていただく形で一人1回利用させていただきました。通水して、皆さんが自宅に戻られるタイミングで御礼に伺ったところ、先述の住民さんたちが「あんたたちの世話していたら、えらい元気になってな」と満面の笑顔でおっしゃったのです。支援というのは一方通行ではなく、双方向で成り立つということを改めて実感しました」
能登半島での事業によって、有事に構築した医療・ケアサービスの仕組みが平時にも活用できることが実証されました。住民の医療アクセス向上に加えて、住民が住みたい場所で健康的に暮らすために未病・予防支援や医師の移動負担の軽減、診療の効率化など、住民と医療双方のニーズに適した地域医療への貢献が叶うことが示唆されたことはこの事業の大きな意義です。最後に今後の活動について、山岸さんに伺いました。
山岸「医療やケアは国民が生きるために欠かせないインフラです。しかし、医療制度や支援策が全国一律で設計されていることも多く、結果的に人口の多い地域を基準とした仕組みになってしまう傾向があります。また、全国的に医療・ケアの専門職の確保が難しく、また今の報酬制度では医療機関や介護事業者が経営的に厳しくなっています。これまで通りのやり方だけでは限界があり、やがて立ち行かなくなるでしょう。そうならないためにも、これまで取り組まれてこなかった方法にも挑戦し、その結果を検証して政策へとつなげていく。こうしたサイクルを地域の中で回していくことが必要だと考えていますし、私たちの機構はそのサイクルを支える役割を果たしていきたいと思っています」
【事業基礎情報】
実行団体 | 一般社団法人コミュニティヘルス研究機構 |
事業名 | 被災地における新たな未来指向の医療・ケア提供体制構築伴走支援事業 |
活動対象地域 | 石川県羽咋郡、志賀町、鳳珠郡、能登町、珠洲市 |
資金分配団体 | 一般財団特定非営利活動法人エティック |
採択助成事業 | 能登半島地震緊急支援および中長期的復興を見据えた基盤強化事業 |