事業完了にあたり、成果の取りまとめるために実施されるのが「事後評価」です。事後評価は、事業の結果を総括するとともに、取り組みを通じて得られた学びを今後に生かせるよう、提言や知見・教訓を整理するために行われます。今回は、2022年3月末に事業完了した2019年度通常枠【支援付住宅建設・人材育成事業|パブリックリソース財団】の事後評価報告書をご紹介します。ぜひご覧ください。
事業概要等
事業概要などは、以下のページからご覧ください。
事後評価報告
事後評価報告書は、以下の外部リンクからご覧ください。
・資金分配団体
・実行団体
【事業基礎情報】
資金分配団 | 公益財団法人 パブリックリソース財団 |
事業名 | 支援付住宅建設・人材育成事業 〜生活困窮者のための安心できる支援付住宅の建設と支援人材の育成〜 <2019年度通常枠・ソーシャルビジネス形成支援事業> |
活動対象地域 | 全国 |
実行団体 | ・特定非営利活動法人 抱樸 ・特定非営利活動法人 自立支援センターふるさとの会 ・特定非営利活動法人 ワンファミリー仙台 |
2023年3月よりJANPIAで活動を始めたインターン生の「活動日誌」を発信していきます。記念すべき第1回は、2023年3月23日に開催された調査研究シンポジウム「罪を犯した人の立ち直りを地域で支えるために〜地域の生態系の視点から〜」のリポートです!
はじめまして!
JANPIAにてインターン生として活動しているSです。
「インターン生の活動日誌」第1回の今回の記事では、2023年3月23日に開催された休眠預金活用事業・調査研究シンポジウム「罪を犯した人の立ち直りを地域で支えるために ~地域の生態系の視点から~」に参加し、学んだことをリポートさせていただきます!
シンポジウムの概要はこちらです。

また、シンポジウムの様子・動画はこちらの記事をご参照ください。
https://www.kyuplat.com/media-channel/1191/
シンポジウムに参加しての学び
今回のシンポジウムでは、生態系マップ(エコマップ)を用いた調査結果の共有が行われていました。生態系マップは、利用者を中心に、社会資源との関係性を図にし、可視化するものです。
この生態系マップを活用することで、
①実行団体の活動により被支援者にどのような変化が生じているのか、地域の資源の関係性はどのように形成されているかなどを追うことができる
②資源とのつながりを可視化して定期的にアップデートすることで事業の進捗の共有ができる
③多くの団体と共有することで地域の資源や個々のアクターをより広く把握できる
④客観的な視点からリソースの偏りなどを確認できる
といった特徴があるのではないかという気づきを得ることができました。

そもそも更生とは?
犯罪歴のある方の更生と一口に言っても、関係する機関は行政・司法・警察だけではなく、出所してからの生活の支援なども継続的に行わなければ、再犯につながってしまうこともあるということを学びました。
そもそも、何をもって「更生」したといえるのか、何を基準に「更生する」という言葉を用いるのか、シンポジウムに参加して疑問が残りました。
「更生する」ことを支援する国の活動を「更生保護」といい、担当POに聞いたところ、「更生保護は「社会内処遇」とよばれ、保護期間が定められており、その期間を終了すると、被保護者でなくなります。保護司は、支援対象者について口外せず、その期間が終了したら対象者に町であっても話しかけない(前歴を周囲に知られないため)等、徹底されている」そうです。また、「更生保護」だけでは再犯を完全に防止するには不十分であり、そのため、民間公益活動団体やボランティアが地域で更生を支えるための活動をされています。今回の休眠預金活用事業でも、そうした民間公益活動団体が制度の狭間を埋めるものとして活用されたことが分かりました。
また、関連する専門書も多数事務所にあり、その中でも「よくわかる更生保護 」(藤本 哲也(編)、 ミネルヴァ書房)を勧めてもらいました。是非手に取ってみようと思います。

最後に
今回のシンポジウムに参加し、今まで漠然と抱いていた「更生保護」の活動や具体的な支援内容、アプローチ、エコマップを使った調査方法について学ぶことができ、また、1人1人に寄り添うことや当事者を孤立させないことの重要性について知ることができました。
発表された団体や調査研究グループの皆様、ありがとうございました!
休眠預金活用事業の成果物として資金分配団体や実行団体で作成された報告書等をご紹介する「成果物レポート」。今回は、実行団体『保見団地プロジェクト[資金分配団体:一般財団法人 中部圏地域創造ファンド〈19年度通常枠〉]』が発行したパンフレット『保見団地将来ビジョンブック』を紹介します。
保見団地将来ビジョンブック
「住みやすく楽しい保見団地に」という想いのもと、色々な団体や人たちの力を合わせて3年間取り組んできた保見団地プロジェクト。
コロナ禍での苦労も乗り越え、その成果として、わたしたちの「夢」がたくさんつまった将来ビジョンが作成できたことを、心から喜んでいます。
この将来ビジョンを作成した後も、住民の方々と一緒に様々な取組を行い、ビジョンに盛り込まれた「夢」をひとつでも多く、現実のものにしていきたいと思っていますので、今後とも、よろしくお願いします。
【事業基礎情報】
資金分配団体 | 一般財団法人 中部圏地域創造ファンド |
事業名 | 日本社会における在留外国人が抱える課題解決への支援と多文化共生 |
活動対象地域 | 愛知県 |
実行団体 | <保見団地プロジェクト:チーム構成団体> |
愛知県県営住宅自治会連絡協議会 | |
県営保見自治区 | |
特定非営利活動法人 トルシーダ | |
保見プロジェクト(中京大学) | |
外国人との共生を考える会 | |
採択助成事業 | <2019年度通常枠> NPOによる協働・連携構築事業 副題:寄り添い型包括的支援で困難な課題にチャレンジ!創造性を応援! |
保見団地は小高い丘陵地帯に広がるマンモス団地。一時期は10,000人を超える住民を擁していたそうですが、他地域の団地と同様に住民の減少と高齢化が進んでいます。一方、1980年代後半から近隣の自動車製造企業等の企業に働きに来たにブラジルやペルー等の人々の入居率が高まってきています。その中で生じたのが、日本人と外国人との間で起こる、言葉や文化・習慣の違いからのさまざまな問題です。その1つ1つの問題の解決めざし、日本人も外国人もそこに暮らす者同士として共生し、保見団地を“多文化多様性が輝く場”にするために立ち上がった休眠預金を活用した事業『保見団地プロジェクト』(資金分配団体:一般財団法人中部圏地域創造ファンド)を取材しました。”
住民の7~8割が外国人という環境
広場に設えられた屋台式のカフェのそばで、おしゃべりを楽しんでいる数人の外国人であろう若者たち。彼らに「銀行に行こうと思ったら、コーヒーの香りがしたから来ちゃった」と気軽に話しかける、白い割烹着を着た日本人女性。この光景が繰り広げられているのは、愛知県豊田市の北西部にある保見団地です。土曜日の午後の一コマであるそんな光景にも、この場が秘めている多様性の楽しさを感じます。
保見団地は豊田市の北西側に位置するマンモス団地。一戸建て住宅の保見緑苑自治区、UR 都市再生機構の公団保見ケ丘自治区、保見ケ丘六区自治区、県営住宅の県営保見自治区の 4 つの住民組織があり、通称「保見団地」と呼ばれています。保見団地の居住者の半数はブラジルの方々です。さらに県営住宅では、800世帯入居するなか住民は約2,000人で、その7割がブラジル人の方々です。その他にペルー人、中国人、ベトナム人なども暮らしていますが、ブラジル人は87%を占めています。
こうした中で、言葉・生活習慣や文化の違いから、さまざまな問題が起こってきました。例えば、ゴミを収集日以外の日にゴミ捨て場に出してしまう、ルール通りの分別をしていない、夜間に騒音をたてる人がいる等です。
2020年12月に保見団地プロジェクトが実施した調査では、生活で困っていることとして外国人では「近所付き合いが少ない」、日本人では「規則を守らない」ということが1位に上がりました。さらに日本人の生活で困ったことを見ると、「言葉が通じない」「習慣の違い」が続きました。

取材日、お話を伺った県営保見自治区で副区長を務める藤田パウロさんは言います。
「外国人がマナーを守らないということがあります。確かに、守らない人もいます。でも、反対に日本人が暮らしのマナーを彼らに伝える努力を充分にしてきたのでしょうか? 外国人と日本人がともに暮らしていくためには、互いの考えや習慣を知って、理解し合うことが大切です。なかなか伝わらないから、あきらめるのではなく、たとえ一人であっても伝えれば、そのうち一人が二人。二人が三人にと増え、それが重なっていけば外国人も日本のマナーも理解して暮らせるようになるのだと思います」と。
さまざまな壁はあるとしても、互いに互いの文化・習慣を理解しようとしながら関係を築いていくことで解決への道筋がある。そのことに気づき、行動しようとした人たちがつながり、保見団地プロジェクトははじまっていったのです。
事業のきっかけとなった、「HOMIアートプロジェクト」
保見団地では、前述のように言葉・生活習慣や文化の違いから、さまざまな問題が生まれていました。愛知県県営住宅自治会連絡協議会や、県営保見自治区の方々がその解決に向けて議論を進め試行錯誤してきましたが、団地の住民を一斉に集めて交流をはかっていく試みは、あまり成功したことがありませんでした。
そのような中、地域の外国籍の子どもたちに学習支援で関わっていたNPO法人トルシーダが、アートの力で、より豊かな団地をつくろうと2019年に「HOMIアートプロジェクト」を始めました。
このプロジェクトは、子どもから大人まで国籍に関係なく、団地の外国人を中心とした住民と アートを通して言葉を超えた交流の機会をつくるものです。プロジェクトには、アーティストのほか、中京大学、外国人との共生を考える会もメンバーも加わりました。

プロジェクトの集大成は、2020年3月に実施された壁面アート制作です。 場所は団地の憩いの場として設けられていたスペース。円形のベンチが設置され、床にはタイルが敷き詰められたそのスペースは、アートプロジェクトに取り掛かる以前は落書きで白い壁は汚され「憩い」とはほど遠い状況でした。
しかし、その場所が子どもたちやアーティストたちの手によって美しい壁画に変わったのです。壁画を一つ一つ丁寧に見ていくと、テレビなどで見かけるタレントや団地内で見かける人の顔を見つけることができます。また名刹の庭に見るような枝ぶりの松や風神雷神のような獅子、楽園に集う人々など、それぞれに表情豊かな絵が描かれました。

トルシーダのワークショップなどを通してアートに触れ、表情豊かに生まれ変わった壁を目にし、子どもたちは、隣接する23棟・24棟にも壁画を描く愛知県立大学の学生による活動にも、目を輝かせて参加したということです。
「やっぱりきれいになると嬉しくて、次は自分たちが住むところもキレイにしたくなるんです」と語る県営保見自治区で区長を務める木村友彦さんも、アートが生み出す力を感じたといいます。

トルシーダによる「HOMIアートプロジェクト」は、言葉が通じなくてもきっかけとつながりがあれば、住民たちが課題解決にむけて協力しあうことができることを示した、象徴的な取り組み。また、この活動を通じて、保見団地で活動する複数団体の分野横断的な協働も始まりました。
その一つが、中京大学の教員・学生との連携です。中京大学と保見団地は近い場所にあります。2019 年度秋学期に現代社会学部で実施された「国際理解教育Ⅱ」という科目で取り組んだ内閣府・豊田市・中京大学の3 者連携による規制緩和事業で、履修者たちが取りまとめた「多文化共生」に関しての提言を背景に、当時現代社会学部で教鞭をとっていた斉藤尚文さんのもと、学生たちがプロジェクトに参加したことで連携が実現しました。
「HOMIアートプロジェクト」は、住民の心の変化を呼び起こすきっかけであるとともに、「保見団地プロジェクト」のきっかけにもなったのです。
5つの団体と休眠預金を活用し具現化した『保見団地プロジェクト』
「HOMIアートプロジェクト」から生まれた保見団地の課題を解決していく「きっかけ」ですが、さらに取り組みを拡げていくためには、多くの人の協力と資金が必要になります。
ちょうどこのとき中部圏地域創造ファンドが、タイミングよく休眠預金を活用して市民活動への助成を行う「NPOによる協働・連携構築事業」を公募していることがわかりました。その公募要領には、チームを組んで申請することとあります。そこでトルシーダ、県営保見自治区、保見プロジェクト(中京大学)、外国人の共生を考える会、愛知県県営住宅自治会連絡協議会の5団体が「保見団地プロジェクト」としてチームを組んで申請し、審査に臨みました。そして、みごと採択され具体的な活動が始まったのです。
この「チームを組んで」という条件について、資金分配団体である中部圏地域創造ファンドの大西光夫さんに聞きました。
「地域で課題解決に取り組む団体にはさまざまに強みを持った団体があります。団体がそれぞれに自律した活動を展開しながら、さらに協働して取り組みを進めていくことができれば、団体が単体で活動するよりも、大きな成果を得ることができます。それは支援を受ける側にとっていいことです。加えて、協働して取り組むことで助成終了後にも持続する関係が作れるのだと考えています。保見団地においても、様々な立場の組織が助け合いのコミュニティづくりに取り組むことで、地域が抱える多様な課題を解決していけるのではないかと考えました。」
こうして生まれたのが、保見団地を「住みやすく、きれいに、楽しい場所」にするために、「ゴミ」「子育て」「高齢者」「アート」「防災」「団地自治」等の多角的なテーマに取り組む「保見団地プロジェクト」です。
このプロジェクトを構成する団体とその役割は次の図の通りです。

これに加えて、中京大学の学生としてトルシーダの活動等に参加していた吉村迅翔さんが代表を務める「JUNTOS(じゅんとす)」という団体が、中京大学の保見プロジェクトと連携し活動を展開しています。外国にルーツを持つ方々に語学学習や交流の場を提供し、さまざまな面で選択肢を広げることを目指しています。いまでは保見団地プロジェクトにおいて、欠かせない存在となっています。
活動のポイントは「一緒に過ごす時間を長く作る」こと
それぞれの団体が担う役割や思いは異なり、様々な活動が展開されました。主な活動は以下の通りです。
活動内容 |
▶子ども食堂、高齢者サロン等による集会所を拠点とした交流の促進 ▶集会所・アートプロジェクトの空間・公園等を活用した自主的な交流活動の進展 ▶生活課題を抱える人に対する食糧配布等の支援、出前型支援、相談体制の充実 ▶外国にルーツを持つ子どもの教育支援、地域活動参加の促進 ▶自主サークル、防災活動、コミュニティビジネスを通じた外国人住民の自治活動の促進 ▶ルール違反のごみ問題に対する住民参加型のごみ回収、ルールの啓発 ▶生活や自治活動に関わる情報を住民に届ける多言語情報発信 |
活動トピックス1:移動式公民館 |

活動トピック2:自治区と中京大が協働したゴミに関わる取り組み 自治区で行う清掃活動に中京大生がお手伝いを行う他、ゴミ出しについての多言語放送、分別ルールの動画づくり、ルール違反のゴミ観察を行って防止用の照明を設置する取り組みなど、チーム団体間で力を合わせることで、今までとは異なるアプローチ・工夫が可能になりました。結果、より多くの住民がゴミ問題を意識するようになってきています。 |

しかし、プロジェクトを進めるなかには、同じように考え、足並みをそろえながらの作業が求められる場合もあるはず。そんな場合の難しさはなかったのでしょうか。
「もちろんありましたよ!一例をあげると、2020年に行った団地住民へのアンケートの時のことです。そこで最も付き合いが長く理解し合っていたはずのトルシーダと私がぶつかったのです」と斉藤さん。
その衝突はアンケート発送間際に発覚したミスの対応だったそう。この件は、話し合いをしたものの、結局、折衷案を見つけられずに、トルシーダがその対応を行ったとのこと。様々な活動を進める中では、実際に保見団地の住民を代表してまとめる立場である人と、斉藤さんたち実行団体のメンバーのように外部から入ってきた人たちの間にも、時には思いの違いから折り合いがつかない場面もあったといいます。それらをうまく乗り越えるためのコツを、斉藤さんは次のように教えてくれました。
「最大のポイントは、相手と一緒に過ごす時間を長く作ることです。何気ないやり取り、雑談を重ねる中で、お互いに気心が知れる関係を築くことができます。」

一方で、住民代表である県営保見自治区自治区 区長の木村さんは、ぶつかり合うことにも前向きです。 「居住者のなかには、外部からさまざまな人たちが入ってきて活動することを反対する人もいます。でも、私は斉藤さんをはじめとした皆さんは県営住宅をよりよくしようとの思いから、さまざまなことに取り組んでくれていることがわかっています。だから大賛成!多少、ルールの壁があったとしても、よりよくなればいいのです。」
多様な人とのつながりの中で活動を実施するためには、衝突を避けることができません。互いの主張が違うのは当たり前。多様性への理解が、活動を前へと進めているのです。
保見団地プロジェクトを支える手
チーム団体以外にも、保見団地プロジェクトの連携は広がっています。例えば、保見団地内には介護・ホームヘルプ事業等を担う「ケアセンターほみ」。ここは、訪問ホームヘルプ、障がい児デイサービス、障がい者の訪問サービス等を行っていて、県営保見自治区で副区長の藤田さんやJUNTOSの吉村さんも児童指導員として勤務しています。センターは、土曜日はJUNTOSの学習支援の場として一般の子どもたちに開放され、子どもたちは宿題をしたり、おしゃべりをしたり、遊んだりして過ごします。
実は、JUNTOSは学習支援を集会所で行っていたのがコロナ禍で使えなくなってしまいました。それを知った「ケアセンターほみ」を運営する上江洲恵子さんが、ケアセンターを使ってもよいとの声を掛けてくれたのです。今は、毎週金曜日にトルシーダと保見プロジェクトで行うフードパントリー・子ども食堂でも、センターの軒下を使わせていただいています。
県営保見自治区 副区長の藤田さんは、ケアセンターほみに関わる中で、気づきがあったといいます。「日本人と外国人には言葉の壁があると言います。でも、わたしは障害をもつ子との関わりを通して、それは関係ないと感じているのです。言葉を話すことができない子は、全身を使って私や上江洲さんに会えた喜びや要求を伝えてきます。言葉がなくても、しっかり私たちに伝わってくるのです。言葉よりも日々を共に過ごすことの積み重ねが、何よりも大切です。これはよりよい保見団地を考えていく上でも、大切な視点だと感じています。」と話してくれました。
「ケアセンターほみ」が単なるケアセンターとしてだけではなく、団地内の人々と保見団地プロジェクトの実行団体やその活動、そして心をつなぐハブセンターになっています。
保見団地プロジェクトは、このように「ケアセンターほみ」に代表される様々な支え手にも恵まれながら、着実に前に進んでいるのです。

活動のビジョンづくりは住民主体で
保見団地プロジェクトを実施中に、新たな出会いがありました。建築家の筒井伸さんです。筒井さんはコロナ禍以前は南米の都市や建築・文化に関する調査や建築設計を主に活動としていましたが、コロナ禍でそれが難しくなり、そこで、学生時代の友人が住んでいた保見団地なら南米に関する活動ができるのではないか、との思いから保見団地プロジェクトのメンバーとなりました。トルシーダが行う移動式公民館やアートプロジェクト(=プラゴミにアイロンを使ってバッグをつくるワークショップ)に参画。現在では、「保見団地プロジェクト」が取り組む保見団地の将来ビジョンを検討する会議のファシリテーターとして関わっています。
筒井さんは、保見団地プロジェクトのビジョンづくりの特徴を次のように話します。
「一般的にまちづくりのビジョン作成は、アンケート調査やマーケティング調査などを行って、その結果を基にまとめるといった作られ方が多いと思います。しかし、保見団地の場合は違います。ワークショップを開くなどして住民の方の意見を聞き、地域の方々がどんな場所を作りたいかといった思いを聴きだし、それを我々が形にします。ですから、もし地域の方々の気持ちが変われば、その段階でビジョンも更新するといった方法です。住民の皆さんの声を聞き入れTrial and error を重ねながら希望のかたちを作り上げていきます」
ワークショップは計4回開催。大人も子どもも外国人も日本人も、様々な人が参加し、だんだんとビジョンが形作られていきました。

こうして2023年2月には、「保見団地将来ビジョンブック」が完成しました。
この中には、「保見団地の歴史」や「将来ビジョン策定のプロセス」などが掲載されているとともに、ワークショップを通じて参加者が体感した多様な価値観を、さらに拡大し未来につなげていこうという思いのもと生まれた、将来ビジョンのコンセプト「保見21世紀のユートピア」というキャッチフレーズや、そのイメージ図なども掲載されています。

2023年3月で休眠預金活用事業の「保見団地プロジェクト」は終了となりましたが、4月以降は「保見団地センター」という名称で活動を引き続き展開していく計画です。
「保見団地プロジェクト」から生まれた様々なつながりを背景に「保見団地センター」は、「将来ビジョン」の実現に向けて、これからも一歩一歩、歩んでいきます。
【事業基礎情報】
実行団体 | <保見団地プロジェクト:チーム構成団体> |
事業名 | 日本社会における在留外国人が抱える課題解決への支援と多文化共生 |
活動対象地域 | 愛知県 |
資金分配団体 | 一般財団法人中部圏地域創造ファンド |
採択助成事業 | <2019年度通常枠>NPOによる協働・連携構築事業副題 :寄り添い型包括的支援で困難な課題にチャレンジ!創造性を応援! |
2023年3月23日に開催しました、休眠預金活用事業・調査研究シンポジウム「罪を犯した人の立ち直りを地域で支えるために ~地域の生態系の視点から~」の動画をご紹介します。
<プログラム>
【第一部】
<開催挨拶>
動画▶ https://youtu.be/Mc431Q9RbRY
<事業紹介>
動画▶ https://youtu.be/D5igPXI44mM
<調査研究報告>
動画▶ https://youtu.be/3daVAqDZOPs
【第二部】
<パネル・ディスカッション>
動画▶ https://youtu.be/xj6QYu5v0io
会場:
オンライン:
(司会:津富 宏)
<質疑応答>
動画▶ https://youtu.be/Le3kxnjAf08
※フロアディスカッションの様子は、休眠預金活用事業サイトで当日の写真をご覧いただけます。
<終了挨拶>
動画▶ https://youtu.be/-ms5NGbvQec
津富 宏氏 静岡県⽴⼤学教授/NPO法⼈青少年就労支援ネットワーク静岡顧問
〈関連記事リンク〉
JANPIA主催 休眠預金活用事業・調査研究シンポジウムを開催!|JANPIA|活動スナップ | 休眠預金活用事業サイト (kyuminyokin.info)
今回の活動スナップは、NEC(日本電気株式会社)と日本更生保護協会(19年度通常枠・22年度通常枠 資金分配団体)が行った備蓄米寄贈式の様子をお伝えします。
活動の概要
更生保護法人 日本更生保護協会は、資金分配団体として2019年度より「安全・安心な地域社会づくり支援事業」、2022年度は「立ち直りを支える地域支援ネットワーク創出事業」に取り組んでいます。
JANPIAの仲介を通じて、NECが日本更生保護協会の実行団体に対し、社員の専門スキルを活かしたプロボノ支援(シンポジウムの映像配信など)を提供したことをきっかけに、同協会の活動に参画する中で、人・モノ・資金等が不足している現場の課題を知り、この度の備蓄米寄贈の実現に繋がりました。
[きっかけとなったプロボノ支援]
19年度通常枠の実行団体である全国再非行防止ネットワーク協議会が中心となり設立した「日本自立準備ホーム協議会」の設立記念シンポジウム(2022年3月実施)で、NECのプロボノ倶楽部の皆さんにオンライン配信などのご支援を頂きました。

活動スナップ
2023年4月5日(水)、東京の更生保護会館にて備蓄米の寄贈式が行われました。今回寄贈された災害用備蓄米(1150 食)は、日本更生保護協会が全国の保護施設に対し行ったニーズ調査で、希望のあった 6 団体に贈られます。
寄贈式では、NEC 人事総務統括部 玉川総務部長の山本さんから、寄贈先を代表して日本更生保護協会 常務理事 幸島さんと日本自立準備ホーム協議会 常務理事 稲葉さんが目録を受け取りました。

出席者のご発言(要旨)は以下のとおりです。
NECプロボノ倶楽部 代表 川本さん
「一昨年からプロボノでご支援させていただいた「日本自立準備ホーム協議会」団体立ち上げで、更生保護で活躍される団体や更生保護で活動される保護司やボランティアの活動における課題やご苦労を知り、私たちにも何かご支援できないかと考え、今回の寄贈につながった。いろんな縁が繋がってここにあると思っている。一回限りというよりも、今後も良い関係を続け、地域のため社会のために貢献していきたい。」
NEC 人事総務統括部 玉川総務部長 山本さん
「NECの事業所や工場では社員の出社を前提に災害時の非常食を用意しているが、コロナ禍で出社が減っており、備える量が多くなってしまい食品ロスとなる可能性が高くなった。そのような中、今回全国にお米をお配りいただけるということで、こういった機会を大変有難く思っている。引き続き努力し、こういった関係をつくっていきたい。」
日本更生保護協会 常務理事 幸島さん
「今般このようなお気遣い以上の心配りを賜ったことを本当にありがたく存じる。こういう素晴らしい機会をいただき、また今後に繋げていくためにはどういう工夫が必要なのか、私をはじめ職員みんなで、あるいは関係団体の皆さんと知恵を出しながら、前に進んでいきたい。」
日本自立準備ホーム協議会 常務理事 稲葉さん
「全国の自立準備ホームとどうやって連携していくかというのが、課題となっている。私たちの協議会も、まだまだこれからというところなので、ご支援・連携をさせていただければ本当に有難く、今後ともよろしくお願いしたい。」

寄贈式に同席したJANPIA シニア・プロジェクト・コーディネーターの鈴木からは、「包括的な関係づくり、長く続くような支援関係へと繋がっていくというのは新たな共助の姿ではないかと思う。引続きこのような連携が続き、また広がるよう支援をしていきたい」と期待が述べられました。
<備蓄米寄贈先>
日本更生保護協会「安全・安心な地域社会づくり支援事業」(19年度通常枠)の実行団体
(以下の 5 団体)他、1 団体。
・更生保護法人 ウィズ広島
・更生保護法人 滋賀県更生保護事業協会
・全国再非行防止ネットワーク協議会(NPO法人 再非行防止サポート愛知)
・認定NPO法人 ジャパンマック
・NPO法人 のわみサポートセンター

【休眠預金活用事業サイトよりお知らせ】
今回の寄贈式の様子はNECの公式SNS(Twitter・Facebook)やプロボノ倶楽部Facebookでも情報が掲載されました。
▶NEC公式Twitter[外部リンク]
▶NEC公式Facebook[外部リンク]
▶NECプロボノ倶楽部Facebook[外部リンク]
資金分配団体 | 更生保護法人 日本更生保護協会 |
採択助成事業 | 安全・安心な地域社会づくり支援事業〈2019年通常枠〉 立ち直りを支える地域支援ネットワーク創出事業〈2022年通常枠〉 |
活動対象地域 | 全国 |
新潟県 村上市の「NPO法人都岐沙羅パートナーズセンター」は、設立から20年以上、地域の間をつなぐ中間支援組織として、多種多様なまちづくり事業をコーディネートしてきました。地域内の協働を促進する活動の根底にあるのは、次世代の「公」を追い求める姿勢。公のあるべき姿とは何か? よき“潤滑油”であるためには何が大切なのか? 休眠預金活用事業(コロナ枠)として採択されたフードバンク事業の事例をもとに、理事・事務局長の斎藤主税さん、事業コーディネーターの佐藤香さんにお話を伺いました。[コロナ枠の成果を探るNo.1]です。
「自力ではもう頑張れない……」。急増した食料支援のニーズ
1999年6月、新潟県の最北端にある村上市で、NPO法人都岐沙羅パートナーズセンター(以下、都岐沙羅パートナーズセンター)の母体は誕生しました。
行政、市民、NPO、企業の間に立ち、地域のあらゆる活動を支援する——中間支援組織の存在や必要性が、当時は十分に認識されていなかったものの、活動をスタートするや否や、地域から多種多様な要望が寄せられたと言います。
斎藤主税さん(以下、斎藤)「設立当初は世間の認知も低かった『コミュニティビジネス』の育成から、官民協働の事業のコーディネートをメインに担っていました。今では、住民参加型のまちづくりのコーディネートや観光系の事業など、さまざまな主体・分野・地域の間に立つ“地域密着型の潤滑油”として、地域にまつわる事業を幅広く手がけています」

休眠預金活用事業に申請するきっかけとなったのは、2020年。新型コロナウイルスによる経済的なダメージが国内で声高に叫ばれ始めたころ、ここ村上市でも「経済的困窮者」が目に見えて増えてきたことが理由でした。
佐藤香さん(以下、佐藤)「市内の工業団地では失業が相次ぎ、あらゆる方面から『コロナで職を失った』という声が聞こえ始めました。離縁した相手が失業したことで、養育費が途絶えてしまったというシングルペアレントのご家庭もあって。『これまでも苦しい中でどうにか頑張ってきたが、自力ではもう限界』という人が、一気に増えた感覚がありました」

コロナ禍で深刻化した社会問題に立ち向かうため、当初から官民を問わずに「地域ぐるみで何とかしよう」という機運は高まっており、“協働”以前に、各々が独自に動こうとする雰囲気があったと言います。
例として、民間からは生活困窮者に食料を支援する組織「フードバンクさんぽく」が立ち上がりました。しかし、行政からの支援はなく、地域内での物資調達に苦戦。企業とのタイアップで支援物資を集めている他地域のフードバンク組織から物資を分けてもらうも、その運搬だけで片道3時間かかる状況でした。
斎藤「『フードバンクさんぽく』は、ほぼ一人で運営されていたこともあり、地域内の調達の仕組みはもとより、組織基盤も整っていない状態でした。助成金の申請も検討したそうですが、手続きに労力がかかり、肝心の支援活動に集中できなくなってしまう。そこで、私たちが資金調達から支援に入り、地域内である程度の物資を賄える体制を構築することにしました」
資金の調達先を探していたところ、2020年度新型コロナウイルス対応緊急支援助成(資金分配団体:一般社団法人全国コミュニティ財団協会)の公募を発見。審査を経て採択されたのち、2020年12月から半年間にわたって、フードバンク事業を軸に生活困窮者への支援システムの構築に奔走しました。
徹底的な情報収集力、緊張感のある関係性が「協働」を後押し
都岐沙羅パートナーズセンターが注力したのは、地域内の“協働”を促進すること。コロナ禍での強まった地域内の助け合いの風潮と、独自に活動していた支援の点と点を線で結び、「生活困窮者への物資支援」を展開していきました。
斎藤「『フードバンク村上』が発足する前から、村上市では『フードバンクさんぽく』が活動していたんです。それぞれ支援の対象者は異なりますが、困っている人の力になりたい気持ちは同じ。ならば、両者が競合ではなく協働となるよう、双方の話し合いの場を設けて連携を仲立ちしました。物資の寄付集めはもちろん、集まった物資のシェア、訪問先の分担に連名での広報まで協力してできる体制を整えました」
このような“協働”を推進するコツは何なのでしょうか? 都岐沙羅パートナーズセンターの取り組みから見えてきたのは、徹底的な「情報の収集と共有」です。
例えば、生活困窮者と直に接する⽀援者たちへの聞き取りから「何が、いつ、どれくらい必要なのか?」といった⽀援物資のニーズや具体的な品目、量、提供のタイミングを明確にしたり。野菜などの生鮮食品の提供が可能な事業者の情報(物品、数量、連絡先)をリアルタイムで共有できるWebページを作成したり、必要な情報をかき集め、効率的に共有できるネットワークを整えることで、地域ぐるみでの“協働”を下支えしてきたのです。

斎藤「マスコミによる報道の追い風もあって、民間企業を含め、地域のあらゆる組織が独自に食料支援を始めました。地域内の支援が拡充するのは喜ばしいですが、誰がどこでいつ支援をしているのか、情報が錯綜していたんです。協働できる部分がないかを見極め、必要に応じて円滑な連携を促すためにも、散らばっている情報を整理して関係者に共有することはかなり意識していました」
佐藤「事務所にはひっきりなしにお客さんが来て、常にいろんな情報が飛び交います。お茶を飲んでいる何気ない時間に『みんながいる場では言えなかったけど……』と、本音を話してくださることもあるんです。日々のささやかな会話の中にも、重要な情報が隠れていることがあります。なので、情報収集のアンテナは常に張るようにしています」
極めつけは、“中間支援組織”としての適度な距離感。斎藤さんは各方面に対して「癒着ではなく、緊張感のある協力体制」を心がけていると話します。
斎藤「必要なことは必要だと言いますが、無駄なことは無駄だとはっきり伝えます。行政にしろ、民間の組織にしろ、忖度のない関係性で付き合っているうちに『協働のボーダーライン』が見えてくるんです。これは無理そうだが、ここまでは協働してくれそうだと。べき論で語らずに、現状とそれぞれの組織の思惑まで把握したうえで双方の期待値をすり合わせる。これが協働を後押しする私たちの役割だと考えています」
村上市で広がり続ける、「公」のあるべき姿
これほどまでに地域内の協働を後押しする原動力はどこにあるのか? ヒントは、都岐沙羅パートナーズセンターのロゴマークに隠されていました。モチーフは、漢字の「公」。この由来について、団体の公式サイトには以下のように説明されています。

次世代の「公」を追い求める中、あくまでも自らは“潤滑油”の役割に徹し、各組織の当事者性と自発的な動きを尊重する。都岐沙羅パートナーズセンターの働きかけにより、村上市では積極的に協働し合う姿が見られるようになってきたと言います。
佐藤「『学生服をリユースしたい』とは言えても、『食べ物を支援してもらいたい』とは言いづらい。そんな人の話を聞いた学用品支援をしている団体が、当事者とフードドライブの組織をつなげてくださったことがあったんです。支援物資として地域内のお米が不足したときにも、『お米が不足して困っている』という声を聞きつけた地元の農家さんが、フードバンク組織にお米を届けてくださったこともありました」
お互いに情報を共有し、必要に応じて連携し合う。地域内で協働関係が育まれたことも後押しとなったのか、市内から調達した物資量は半年間で約8,800kgにのぼり、⽀援件数に対し95%以上の物資を市内で賄えるまでになりました。

潤滑油によって、さまざまな支援の歯車が上手くかみ合い、それぞれが自走しながらも、協働することでより大きな支援を可能にするーー中間支援組織が地域にもたらす価値は着実に広がっているように見えます。しかし依然として支援が実現するまでのハードルは高いと、斎藤さんは話します。
斎藤「都岐沙羅パートナーズセンターは民設民営型の組織なので、新しく事業を始めるときは当然『運営資金をどう工面するのか?』を考えるのがセットです。運営費を捻出するための事業も手がけますが、地域に本当に必要な事業であったとしても、必ずしも充分な資金が得られるものばかりではありません。日々支援のアイデアは生まれているので、休眠預金活用事業のような助成金の利用を検討するものの、新潟県を対象とした公募を行う資金分配団体が限られているため、全国を対象とした公募しか道がないことがほとんど。加えて私たちのようなローカルな取り組みは、波及効果の点から、採用されるハードルが高いんです」 また、助成金の中には、申請団体に事業費の2〜5割の自己負担を求めるものも少なくありません。助成金依存を防ぐために必要なシステムであることは理解しつつも、「資金繰りの面で手を上げづらいのが本音」だと、斎藤さんは吐露します。
斎藤「地域のプレーヤーの方々を結びつけて事業を作り上げていく、私たちのような事業体系では、申請団体に自己負担が求められると、手をあげるだけ損になってしまうんです。その点、今回の新型コロナウイルス対応支援助成は、自己負担が求められないことが助かりました。休眠預金活用事業では資金分配団体が伴走支援をしてくれる仕組みなのですが、私たちの場合は一般社団法人全国コミュニティ財団協会さんが、良き壁打ち相手になってくれて。月1のミーティングで事業の進捗を報告する中で、見直すべき点、より注力すべき点が明確になり、自分たちの行動を振り返る良い機会になりました」
休眠預金活用事業として一区切りがついたのは、2021年5月。事業期間中は、支援を求める人が増えると同時に、自ら支援の協力を申し出る人も増えたと言います。事業の終了から1年半以上が経った現在、当初はボランティアとして関わっていた人たちが、中心人物として生活困窮者への支援をする姿も見られるほどに。
都岐沙羅パートナーズセンターが描く「公」は、これからも進化し続けます。
執筆:なかがわあすか
【事業基礎情報】
実行団体 | 特定非営利活動法人 都岐沙羅パートナーズセンター |
事業名 | 地域自走型の生活困窮者支援システムの形成/資金分配団体 |
活動対象地域 | 新潟県 |
資金分配団体 | 一般社団法人 全国コミュニティ財団協会 |
採択助成事業 | 2020年度新型コロナウイルス対応支援助成 |
仮放免者をはじめとする困窮する外国人の方の医療支援を行っている『北関東医療相談会』。2021年度コロナ枠〈資金分配団体:公益財団法人 日本国際交流センター〉の実行団体として活動している。 今回は、北関東医療相談会の長澤正隆さんと大澤優真さんに、困窮する外国人を取り巻く医療の現状や休眠預金を活用した活動の内容などを、評論家でラジオパーソナリティーでもある荻上チキさんが伺いました。その様子をレポートします。
▼インタビューは、動画と記事でご覧いただけます▼
医療につながりにくい在留外国人の実態
荻上チキさん(以下、荻上):
北関東医療相談会から今日は長澤さんと大澤さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。早速ですが、北関東医療相談会はどういった活動をなさっているのでしょうか。
長澤正隆さん(以下、長澤):外国人で在留資格のない人たちに、健康相談会を中心とした健康支援をする団体として立ち上げました。

荻上:活動のきっかけは、どういったものだったんでしょうか。
長澤:そうですね。1985年前後に外国人が日本に大変多く入ってきた時期あり、その頃から活動しています。その頃、あるフィリピン人男性が病院に入院されてがんの手術を受けるいうので、補償人になってほしいと相談があったんです。もちろんOKして、手術が終わってから3日経ってお見舞いにいったところいったところ、亡くなっていたんです。
適切な時期に健康診断が受けられていれば、こういうことはなかったんじゃないかと思い、何かいい方法はないのかということを考えました。そのよう中、「市民でつくる健康診断会というのがあるよ」という話を聞いて、いろいろと教えてもらいながら、健康診断会を続けてきました。
荻上:元々在留資格のない方には医療提供の機会というのは乏しかったんでしょうか?
長澤:「在留資格がない」と働くことができません。そして、社会資源を活用した支援を全く受けられないということになりますから、健康保険も何もないんですね。だからそういった意味で大変です。
コロナで増えた在留資格のない外国人、そして困窮する支え手
荻上:大澤さんにお伺いします。これまでの様々な活動と、コロナ禍以降の活動で何か変わったと感じるところはありますでしょうか。
大澤優真さん(以下、大澤):そうですね。私たちが支援してる人は、主に「仮放免」という状態の人たちが多いんですけれども。まず、コロナをきっかけにして仮放免者の方が増えたんです。というのも、入管施設に収容していると、施設が密になって駄目だということで、仮放免になるということがありました。2021年末現在で約6000人の方が仮放免ということになっています。
しかし、これまで仮放免の方を支えてきた人たちも、このコロナで困窮状態に陥ってしまった。日本人も外国人もみな困窮してしまい、コミュニティで仮放免者を支えられなくなったという現状があります。そのような背景から、仮放免者はより深刻に困窮してるっていう現状があります。

荻上:これまで入管施設が仮放免を渋ってきたこと自体にも、もちろん課題がありますが、他方で一気に収容者の方が仮放免となるとコミュニティを支える力というのがなかなか厳しいということですね。先ほどもお話がありましたけれども、仮放免の方は就労が禁じられているので、医療もそうですし、貧困の中での課題が多いですね。
大澤:そうですね。就労が認められていなくて雇われるのも駄目ですし、何か自営業的に働いてお金もらうってこともできません。その一方で、国は健康保険を出さないと言っています。生活保護も出ません。「働いてはいけない」し「何の手当もしません」と言われていて、文字通り生きていけない状況です。
荻上:保険適用されないということは自費診療ということに一般的にはなるんですね。

大澤:100%自己負担になります。保険証が使えれば3割負担ですけども、それが100%なので、風邪だけで病院に行っても2万円、3万円が一気に飛んでしまいます。病院によっては、通常の2倍、3倍を請求されることもあります。2倍、3倍というのは、100%の2倍3倍になるので、本当に大変な状況です。
荻上:なるほど。そうすると相談会に来られて、例えばご病気が発覚されたとして、そこから治療に繋げるという中でも、色々な課題がありそうですが、そこはいかがでしょうか?
大澤:そうですね。まずお金が圧倒的に足りないですね。先ほどお話ししたように風邪でも2万円3万円かかってしまうので、仮放免の方たちは小さい病気では病院に行けないんです。我慢して、我慢して、重症化してしまって、最後に私たちの目の前に来るときには、本当に大きな病気になってしまっている。そして、いざ病院に行くと「がんの手術が必要だ」ということになっていて、50万円、100万円、300万円必要だということになる。そして病院によっては、その2倍や3倍になってしまうので、600万円とか900万円とかかってしまう現状があります。
荻上:それを普段でしたら、コミュニティが一生懸命支えていたという状況が続いていたわけですね。
大澤:コロナ前はなんとか支えることができていたかもしれないのですが、コロナ以降、本当に圧倒的に深刻な困窮状態になってます。
休眠預金の活用には、現状を多くの人に知らせるためという意味も
荻上:そうしたコロナ禍の中で、コロナ対応支援枠で休眠預金活用事業に参画されています。まずはどうしてこの休眠預金を活用しようと思われたのでしょうか。また、どんな活動に生かされているのでしょうか。
長澤:申請した背景は、二つあります。一つは、他の助成金と比べて助成額が大きいことです。
もう一つは、新しい枠組みの助成だからこそ、こういう状態にある人たちがいることを知ってほしい、情報を広めたいと考えました。この二つの意味を持って申請しました。
荻上:なるほど。申請そのものを「コミュニケーション手段」として考えているということですね。
長澤:そうですね。世の中には、色々な団体があるのですが、やはり「こういった人たちがいる」ということを知ってもらい、「どうしてこんなに大変なんだ」ということをよく理解してもらって、社会を良くしていかなければいけません。そのためには、やはり助成金を出してるところに知ってもらうのが一番だと考えています。
荻上:「外国から来られた方込みの日本社会が、既にあるんだ」ということを、伝えたかったということですね。休眠預金活用事業にコロナ対応支援枠に2020年度・2021年度で2回採択されて、どのように活用されているのですか。
長澤:基本的には、医療支援ですね。健康診断会を開催し、そこから出てきた病気の方たちを病院に連れて行き、そこでの支払いに活用しています。1回目の採択時には、家賃支援ですとか水道光熱費などの生活そのものを支えることにも使いました。平たく言えば、「生活保護」です。
実際上、私たちがやってる活動を全部見直したら、「これはもしかして生活保護」だなと感じました。しかし、家賃の支払いだと、今の状態では1ヶ月か2ヶ月しか支援できない。生活保護であれは、1年間やれますけれども。それを活動でやり始めたら、もうとても医療支援はできません。1財団さんにお願いする枠をはるかに超える金額になるので、それは難しいと思います。

荻上:一人一人の生活そのもの、コミュニティそのものを支えるだけの財源が必要となってくるわけですね。1団体でできることの限界というのも、併せて見てこられたわけですね。
長澤:当初は健康診断会やって、病院連れて行くことからスタートしました。その次は病院でどうやって病気を治すかということを考えました。健康診断会で病気と思われる人には病院を教えて行ってもらうわけですが、支払い能力がないわけです。しかし病院の方は、応召義務(診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合、正当な事由がなければ拒んではいけない)があるので、来た人を「お金がない」という理由では断れないわけです。
そのような中、どんどんそのような方を連れて行くと病院の方が嫌がってしまい、先ほど大澤が申したように2倍、3倍というお金を徴収するようになってしまう。ですから、最初から私たちが介入し、100%のうちに「私たちが払うから」と説明して繋いでいくほうが全体がうまくいくわけです。

荻上:仮放免の方は移動制限があるので、多くの方が近くの病院に行きたいと考えると思います。しかし、近くの病院が排除的な状況ですと、医療そのものから断たれてしまうという状況になってしまいます。そこでも、現実を知ってもらうというコミュニケーションが発生するんですね。
大澤:そもそも存在を知られていないですね、そこが大前提であるかなと思います。例えば仮放免であっても使える制度っていうのは、若干ですけどあるんです。例えば入院助産っていう出産のお金です。これオーバーステイの人に使えるのですけども、「使えますよ」って病院に行っても「いや、うちでは」とか、「うちの自治体でやらない」と。昔の国の文書を見ると使えるって書いてあるのですけど、なかなか存在を知られていないがゆえに理解も全然進んでない。いろんな問題ありますけど、まずは知ってもらわないといけないなと思いますね。
荻上:知っていただいた上で病院側が変わったというケースもあるんですか。
長澤:「ずいぶん変わってきているな」という実感はありますね。はじめ、仮放免というのか、在留資格のないような人が病院に行くと、断られるんです。そのような中、(在留資格のない人でも使える制度などの)いろんな資料をもって病院に説明に行き、院長先生が資料を読んでくださり、その後、「仮放免許可書を持ってきた人は無料で診るから、送ってくださっていいよ」とおっしゃっていただいた例がありました。皆さん、知らないんです。でも知ると変わるんです。
私が活動を始めた頃は行政もそうで、県の担当者に話しても「仮放免って何ですかって。教えてください。」というところからスタートしました。そこから「無料・低額診療制度」を使えないのはおかしいということで、健康課の担当の方に連絡をして話をしてもらい、制度が使えるようになって、その翌年から一気にいろんな病院で制度利用が可能となりました。やっぱり、地域行政との関係の中においても、働きかけや知ってもらうためのアクションは必要です。
仮放免者の方々の状況を伝え、市民の力で支えたい
荻上:最後に今後の活動でどういった点力を入れていきたいのかなどをお聞かせください。
大澤:はい。まず「目の前で生きていけないほどに困窮している仮放免の方々の生活を守る」というとこが大前提ですね。そのためにどうするかっていうとこなんですけども。行政とか病院とか、いろんな人とコミュニケーションを取りつつ、今私が一番したいのは多くの人に仮放免者の存在や状況を知ってほしいっていうことです。
先日、川口駅近くで「難民フェス」というものをやったんです。当日はあいにくの雨で寒かったんですが、そこには1000人を超えるぐらいの人が参加したと聞いてます。関心のある人はいるんです。ですから、そういった人に、この仮放免者の状況をしっかり伝えて、いろいろと動いていく基盤を作りたいなと思ってます。

荻上:来年以降の活動や展望について、長澤さんいかがですか。
長澤:そうですね。広く活動を広げていって。あとは、病気になった人を、私たちの市民の手で治せるかどうかっていうのは定かではないですが、チャレンジの一つと捉えてやっていこうと考えています。去年も色々な記者会見をやらせてもらったり、報告をさせてもらったりして、ずいぶん皆さんから寄付をいただいていて、ほとんどの寄付を治療費に使うことができ、とても喜んでいます。今後も、同じような形態でやれたらいいなと考えています。加えて、私たちの側から別な形態を考えて、例えば、海外へのアプローチを含めて寄付の範囲を広げていきたいと考えています。 荻上:今回は休眠預金活用事業 がどういうものか知りたいという方や、休眠預金が適切に活用されているかを知りたいという方も多いと思いますが、そうした関心からであったとしても、まずはこの仮放免者や様々な背景をお持ちの方が、日本でどのように暮らされているかをぜひ知ってほしいですね。
長澤:そうですね。まさにその通りで、正直、休眠預金を活用したコロナ対応支援枠での活動がなかったら、多分、私たちは行き詰まってたんじゃないかなと思うんですね。これまで自分たちで長年お金を集めて活動してきましたが、パワーが違います。そして、休眠預金活用事業は、落としどころをきちっとつければ、意外と活用については自由度が高いっていうことがよくわかりました。
今、仮放免者は約6000人弱ぐらいいます。私たちは、どこもやらないのであれば、自分たち市民の力でなんとか支えたいと考えています。しかし仮に、6000人に生活保護150万円ぐらいの支援をするとなると、とんでもない金額がかかります。それは本来、行政がやる仕事です。生活保護を市民社会で実現できないのであれば、どこかで支えなければいけないと、そういう思いでいます。
荻上:これまである種の共助の仕組みを通じて支援してきたわけですが、その限界が見えてきました。ならば公助の枠組みを問うという、そういったコミュニケーションも、ぜひこのインタビューを見る方にも考えてほしいですね。
本日は、ありがとうございました。ありがとうございました。

【事業基礎情報 Ⅰ】
実行団体 | 特定非営利活動法人 北関東医療相談会 |
事業名 | 外国人が生きていくための医療相談、新型コロナウイルス対策事業 |
活動対象地域 | 関東(群馬県、栃木県、茨城県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、川口市) |
資金分配団体 | 公益財団法人 日本国際交流センター |
採択助成事業 | 2021年度新型コロナウイルス対応支援助成 |
【事業基礎情報 Ⅱ】
実行団体 | 特定非営利活動法人 北関東医療相談会 |
事業名 | 医療からほど遠い在留外国人の側に立つ |
活動対象地域 | 北関東 |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人 ジャパン・プラットフォーム |
採択助成事業 | 2020年度新型コロナウイルス対応緊急支援助成【事業完了】 |
■長澤正隆さん プロフィール■
酪農学園大学卒業後、食品会社に就職。2006年にカトリックさいたま教区終身助祭となる。北関東医療相談会の前身となる「外国人の為の医療相談会」を1993年に群馬県で発足。以来、生活に困窮する人の健康診断の費用や治療費、食料や家賃などの支援に取り組む。
■大澤優真さん プロフィール■
法政大学大学院人間社会研究科博士後期課程修了。博士(人間福祉)。大学非常勤講師。2018年より困窮外国人支援団体「北関東医療相談会」事務局スタッフとして、仮放免者など困窮する外国人の支援を行う。
■荻上チキさん プロフィール■
メディア論をはじめ、政治経済やサブカルチャーまで幅広い分野で活躍する評論家。自ら執筆もこなす編集者として、またラジオパーソナリティーとしても人気を集める。その傍ら、NPO法人ストップいじめ!ナビの代表理事を務め、子どもの生命や人権を守るべく、「いじめ」関連の問題解決に向けて、ウェブサイトなどを活用した情報発信や啓蒙活動を行なっている。
社会調査支援機構チキラボ 代表
2019年度より、全国に先駆けて、新しく制度化された日常生活支援住居施設の制度を活用し取り組んできた、休眠預金活用事業「支援付き住宅と支援人材育成」の現場から、実践を通じてみえてきた現状の同制度の問題点と改善提案を示します。 さらに “人権としての住宅”という視点から、社会保障としての住宅制度の在り方を展望し、日本における「社会住宅」というインフラ整備の必要性を訴えます。
◎基調講演 “生活困窮者支援をめぐる制度の変遷と展望”
【登壇者】
岡田太造氏(日本民間公益活動連携機構(JANPIA)専務理事、元厚生労働省 社会・援護局長)
◎パネルディスカッション “「人権としての住宅」を展望する~日住制度の改善と支援付き住宅の広がり~”
【モデレーター】
高橋紘士氏(全国日常生活支援住居施設協議会顧問、元立教大教授)
岸本幸子(公益財団法人パブリックリソース財団 代表理事・専務理事)
【パネリスト】
奥田知志氏(認定NPO法人抱樸 理事長)
瀧脇憲氏(NPO法人自立支援センターふるさとの会 代表理事)
立岡学氏(NPO法人ワンファミリー仙台 理事長)
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人生で初めて海に入った日のことを、覚えていますか? 飛行機に乗ること、旅行に行くこと、自由に海で泳ぐこと。そんな体験をかけがえのない思い出として、医療的ケア児とその家族に届けている団体があります。2019年度通常枠の実行団体である「NPO法人Lino」です(資金分配団体:公益財団法人 お金をまわそう基金)。今回はLinoが立ち上げ当初から続けてきた、沖縄海洋リハビリツアーに密着。医療的ケア児とその家族が体験した初めての海、その先にLinoが目指す社会のあり方について、Lino代表の杉本ゆかりさんのお話とともにお届けします。
人生で初めて海に入る日
どこまでも晴れ渡った青空の下に広がる、南国の美しく澄んだ海。
沖縄県恩納村(おんなそん)の海では、大人も子どもも誰もが一緒になって、穏やかに海を眺めたり海に入って水遊びを楽しんだりと、それぞれの楽しみ方で海を満喫しています。
この海で2022年10月1日から3日に開催されたのが、NPO法人Lino(以下「Lino」)による「沖縄海洋リハビリツアー」です。
「海洋リハビリ」とは、生きるために医療的なケアを必要とする医療的ケア児に向けて、マリンスポーツの体験を提供すること。人工呼吸器や胃ろうなどを日常的に使用しているため、海に入ることが難しい医療的ケア児が、豊かな人生経験を得られるように実施されています。
Linoの沖縄海洋リハビリツアーは、2018年から実施されており、今回が6回目の開催。3日間の行程でメインイベントとなる海洋リハビリは、2日目の午前中に実施されました。

当日は朝から快晴。沖縄らしく、10月初旬にして最高気温30度と、海に入るのにぴったりな気候になりました。 まずは8時から、砂浜で開催されたヨガで1日をスタート。沖縄で海洋リハビリに取り組む団体・チャレンジドオーシャンのスタッフに教わりながら、医療的ケア児の家族も参加していました。
ヨガを終えたら、いよいよ海洋リハビリが始まります。準備を終えた医療的ケア児と、サポートに入るチャレンジドオーシャンのスタッフで顔合わせをしてから、順番に砂浜へ。海洋リハビリツアーで使用している「ホテルモントレ沖縄 スパ&リゾート」は、ホテルの部屋から砂浜の直前まで車椅子を使って移動できます。
今回参加した医療的ケア児は5名。うち4名が海に入るのはほとんど初めてだそうで、どこか緊張した様子です。

Linoの海洋リハビリツアーでは毎回、さまざまなアクティビティを用意。出発前に参加者向けのオンライン説明会にて、海洋リハでできることとやりたいことを確認し、それぞれの障害や性格に合わせてアクティビティを選択しました。
5人中4人が最初に参加したのが、船底から海の中が見えるグラスボートです。親子や兄弟で一緒に船に乗り込むと、あっという間にサンゴの見えるポイントへ。ガラス越しに好きな魚を探したり、海風に吹かれたり、思い思いに海上での時間を過ごします。

楽しい海上の旅は、あっという間に終わりました。船の乗り降りは、スタッフがお手伝いします。

続いて4人の医療的ケア児がチャレンジしたのは、ドラゴンボート。通常はボートの外側に乗ることが多いですが、医療的ケア児は姿勢を保っていられるようにボートの内側に座りました。
とはいえ、直接水しぶきがかかるドラゴンボートには出発前からどきどき。それでもKさんは、水しぶきが一番かかる先頭を引き受けてくれました。
初めての体験にどきどきしていたのは、医療的ケア児だけではありません。実はともに乗り込むお母さんが海上で酔いやすいとお話しされていました。
それでも娘と一緒に初めてのドラゴンボートを体験できるように、グッと力を入れて乗船します。初めての体験を前にする気持ちは、医療的ケアを必要とする当事者であろうとそうでなかろうと、みんな同じなのです。

帰ってきたときには全身ずぶ濡れでしたが、「親子で初めてドラゴンボートに乗って、海の色が変わる境界まで行けたことと、そのときに見た景色が忘れられません」との声が聞けました。
また、海との近づき方は人それぞれです。グラスボートにもドラゴンボートにも乗らなくても、波打ち際に座って、全身で波を体感したり、浮き輪で泳ぐ参加者もいました。

一人用の浮き輪をつけられない参加者も波に揺られる体験ができるように、全身を預けられる大きな浮き輪を用意。お母さんと一緒に海を楽しみました。さらにサップボードも登場。お母さんたちも、お子さんと一緒に初めての体験を満喫していました。

あるお母さんが「子どもの体力がないだろうと思っていたけれど、体力を発揮する機会がなかっただけなのかも」と話すほどに、医療的ケア児ひとりひとりが思いっきり海と向き合っていた4時間。 保護者の方々から「まさかうちの子どもが、初めてのことをここまで体験できると思っていなかった」と、お子さんの普段見られない表情に満足する声が多数聞けました。
そこにいた誰もが自分だけの「初めて」を経験したひとときは、きっと記憶に強く残ることでしょう。
医療的ケア児と一緒に旅行ができる人を増やす機会に
この海洋リハビリツアーを主催しているLinoの掲げるビジョンは、「健常者・障害者という垣根をなくし、自然と人が集まり、共存・助け合う世界をつくる
~ Diversity & Inclusionな世界の実現 ~」。代表理事の杉本ゆかりさんが2018年に立ち上げました。
杉本さんは娘が2歳半のときに医療的ケア児になって以来、家族として娘を支えています。自分が親にしてもらったことを娘にも全て経験させたい、との思いで、娘をハワイに連れて行ったり一緒に映画を観に行ったりと、積極的に出かけてきました。
「飛行機に乗って海外に行くことは大変だけれど、娘が飛行機に乗ったその先に楽しみがあると理解してから、飛行機に乗っている時間を我慢していられるようになったんです。本人にとって楽しみなことなんだなと伝わってきて、私もすごく嬉しかったです」

子どもと一緒に体験してきた、かけがえのない思い出の数々。それによる子どもの変化を強く実感したからこそ、杉本さんは、他の医療的ケア児も同じように経験できたら、と思うようになっていきます。
「障害がなければ、親と一緒に旅行に行くことってあるじゃないですか。でも障害があると、『飛行機に乗るには人工呼吸器を持ち込めるのか、チケットをどう取ればいいのかわからない』『空の上で発作が出たらもうおしまい』と、飛行機に乗ることをあきらめざるを得ない人がたくさんいる。
でも、ちょっと頑張ってみたら得られるものがものすごくたくさんあるので、行ってみたい人には経験させてあげたかったし、それが難しいならお手伝いをしたいなと思いました」
この思いから、2018年にLinoを立ち上げてすぐに、沖縄海洋リハビリツアーの開催を決めます。重い障害を抱える子どものお母さんに、「沖縄にできればもう一回行けたらいいなと思っている」と打ち明けられたことがきっかけでした。
「呼吸器をつけていたり喉に穴が空いていたりすると、海に入るってすごくリスクが高くなるんです。学校ですら、なかなかプールに入れない。でも私は看護師で、看護師の先輩たちもサポートしてくれるから、工夫したら頑張れるんじゃないかと思って」

こうして沖縄で初開催した海洋リハビリツアーでは、チャレンジドオーシャンとタッグを組み、人工呼吸器をつけた参加者が海に入れたといいます。1回目の実施を経て杉本さんは、海洋リハビリの価値を強く実感しました。
「医療的ケア児の保護者が年齢を重ねたら、子どもを旅行に連れて行けなくなりますよね。でも医療的ケア児を旅行に連れていくサポートをしたことがある人が増えたら、旅行に行きたいと願う医療的ケア児を誰でも連れていけるようになる。だから海洋リハビリを続けていこうと決めました」
休眠預金の活用をきっかけに、関わる人が増えた
より多くの医療的ケア児に豊かな体験を届けるために、活動2年目に休眠預金活用事業への申請を決めた杉本さん。2019年度通常枠に実行団体として採択され、休眠預金活用事業をスタートします。
Linoに伴走する資金分配団体は、公益財団法人お金をまわそう基金です。生まれたてだったLinoにとって特に重要だったのは、「Linoを知ってもらうこと」でした。
「お金をまわそう基金の方が、Linoの活動を広めるために一緒に考えてくれて、いろいろな人とつなげてくれました。おかげでLinoを知ってくれる人が増えて、協力してくれる人も出てきたんです」
例えば、以前は全ての業務を杉本さんが対応していたことで、少しずつ手が回らない部分が出ていたのだそう。しかし休眠預金活用事業がスタートしたことで理事が加入し、協力者が増え、運営体制が安定していきました。

「団体としての意識が変わって、『私がここは責任を持って担当するよ』と言ってくれるメンバーが内部から出てきました。最近では社会人ボランティアの方々が関わってくれるようになって、それぞれの経験値をもとにLinoをどんどん良くしてくれています」 まずはLinoを知ってもらうこと。そう考え、協力者を増やすことからはじまった活動ですが、事業期間3年の間にLinoとしてできることを着実に増やしてきました。
「この3年間で組み立ててきたことは全て、休眠預金があったからこそ実現できました。関わってくれる人が増えたのって、休眠預金を活用するようになって団体として信用を得られたことが、理由として大きかったのかなと。自分のお金を使って活動していたら、ここまで多くの人と関わることはできなかったなと思いますね」
こうして少しずつ活動の幅を広げながら、Linoの目指す「自然と人が集まり、共存・助け合う世界」に向けて前進しています。
誰もが助け、助けられることを「当たり前」にする
Linoの海洋リハビリは、誰もが混ざり合える場です。
医療的ケア児かそうでないか、大人か子どもか、参加者なのか運営者なのか、泳げるのか泳げないのか。
Linoのつくり出す場には、一般的にいわれるそのような境界線はありません。その場にいた誰もが当たり前のように助け、助けられ、それぞれの「初めての体験」に体当たりしながら、一緒に過ごしています。
「海洋リハビリではあえて親子で離れてみる機会もつくって、お母さんだけでサップを経験してもらったり、スタッフが付き添う形でお子さんだけで泳いでもらったりしています」と杉本さんが話すとおり、親子に限らず、お互いに助け合いながら一緒に楽しむ関係性が生まれていました。

自分の子どもが気づいたら誰かに面倒を見てもらっていて、逆に自分も誰かに手を差し伸べる。杉本さんはこうした「ごちゃ混ぜ」の場で育まれる関係こそが、Linoの目指す社会のあり方につながっていくと考えています。
「障害を持っている子どもの親って、自分が子どもをつきっきりで見ることが多いから、全部面倒を見ようとしちゃうんですよね。でももし安心して子どもを預けられる存在がいたら、自分は離れられる。
そうやって誰かを頼る機会が結果的に、親である自分がこの世を去った後も子どもはきっと安心して生きていけるだろうな、と思えることにつながると思うんです」
自分がいつか、子どものそばにつきっきりでいられなくなる未来。そんな未来を見据えている杉本さんだからこそ、「自然とお互いに支え合える社会」を実現する一歩目として、Linoの場づくりを大切にしているのです。

海洋リハビリの日、医療的ケア児がのびのびと遊んでいる姿を笑顔で見つめながら、ある保護者の方が聞かせてくれました。 「子どもは本当は、海が好きだったんだなと今日わかりました。それなのに10年も連れて来られなくて、こんなに喜んでいる姿を見ていて申し訳ない気持ちになりました」
日常的に医療的ケア児を全力でサポートしている保護者が、子どもへの「申し訳ない」という感情を抱え込まなければいけない現実があります。
誰も「申し訳ない」と思うことなく、望むように旅行ができること。子どもの将来に対して親が安心することができ、親子で今をもっと楽しむことができること。
そんな「当たり前」を可能にする関係性を育むために、Linoはこれからも、支え合いの輪を広げていきます。

取材・執筆:菊池百合子
【事業基礎情報】
実行団体 | 特定非営利活動法人 Lino |
事業名 | 重症心身障害児・者と家族の学びの場を確保と生活の充実を図る事業 |
活動対象地域 | 全国 |
資金分配団体 | 公益財団法人 お金をまわそう基金 |
採択助成事業 | 医療的ケア児と家族の夢を寄付で応援 <2019年度通常枠> |
「お金をまわそう基金」さんでも、今回のツアーが記事化されています。ぜひご覧ください!