若者が安心して過ごすことができて、夢や悩みを共有できる場所と機会を提供したい。そんな思いで20年11月に開設されたのは、長野県岡谷市にある「子ども・若者STEPハウス みんなの古民家」(以下「みんなの古民家」)です。立ち上げたのは、20年度緊急支援枠〈資金分配団体:公益財団法人長野県みらい基金〉の実行団体NPO法人子どもサポートチームすわ。同法人の理事長 小池みはるさんは、不登校の子どもたちを支援するフリースクールの活動を20年以上続けています。フリースクールを卒業した後に引きこもりに戻っていく子どもたちの現状を知り、「次の居場所が必要だ」と考えて、みんなの古民家を開設しました。みんなの古民家を続ける思いなどについてお聞きしました。
フリースクールを卒業した後の居場所づくり
みんなの古民家を運営するNPO法人子どもサポートチームすわは、岡谷市の隣にある諏訪市で、1997年からフリースクールを運営してきました。

20年以上にわたり、不登校の子どもたちが自分のペースで学べるよう支援を続けるなかで、巣立っていく子どもたちの“その後”に課題を感じていたと理事長の小池みはるさんは言います。

「フリースクールを卒業した後に家で引きこもりになったり、就職しても続かなかったりする子どもたちをたくさん見てきました。フリースクールに通っている期間は私たちがサポートできますが、本当に『引きこもり』になってしまうのは、その後なんですよね」

フリースクールを卒業した後も、子どもたちが安心して過ごせる居場所をつくりたい。その必要性を強く感じた小池さんは、新たな拠点の立ち上げを検討。場所を探していた小池さんに、ある出会いが訪れます。
「私が拠点をつくろうとしている話を聞いた方から、『古民家使う?』と電話をいただいたんです。とはいえ岡谷と諏訪は離れているし、連絡をいただいた当初は消極的でした。でも試しに子どもたちと一緒に見に来たら、一目で気に入ったんです。それが、この物件でした」
子どもから大人まで、誰もが集える「居場所」

「みんなの古民家」があるのは、岡谷駅から車で10分ほどの住宅地。敷地内には、築150年ほどの母屋、蔵と納戸があります。
2020年8月、次なる居場所をこの古民家に決めた小池さんは、活動の資金源として休眠預金の活用を申請し、古民家の改装を進めました。そして現在は、不登校の子どもたちや引きこもりの若者たちが安心して過ごせる居場所として、週に4日間開放。現在、定期的に通って来るのは小学生が2人。他にも中学生や高校生が訪れます。
場所を構えてみて、さまざまな事情を抱えた子どもや大人がいることを実感したと言います。
「例えば、専門学校を卒業した後に引きこもりになった27歳の男性が、ここに来るようになりました。彼は調理師の免許を持っていて、今ではここのスタッフとして週2回食事をつくってくれています。なぜみんなの古民家に通うようになったのかを聞いてみると、『人と普通に話せるのが良かった』と言うんです。他にも、『友だちが欲しかったから来た』と答える子がとても多くいます。
場を開くまでは、居場所をつくるだけでなくもっと具体的な支援を検討していたので、場を開いてみて初めて、彼らが一番求めていたことに気づかされました」

みんなの古民家では、子どもたちに向けたイベントや勉強会だけでなく、保護者向けの座談会も定期的に開催し、包括的なサポートの場になっています。
ある時は、引きこもって10年が経つ40歳の子どもがいる親御さんから、小池さんのもとに相談の電話がかかってきました。
「親御さんと私たちがつながっていれば相談を受けられますが、子どもが30代や40代にもなってくるとご家族が疲れてしまって、途中で連絡がなくなることも少なくありません。だからこそ『みんなの古民家』は、同じ経験をしている親御さんどうしが気持ちを分かち合える場所にしていきたいですし、年齢や事情に関わらず誰でも居場所にしてもらえたらと思います」
助けられる存在から、助ける存在へ
みんなの古民家を立ち上げてから、2023年で3周年。子どもたちが集まり、会話が生まれるなかで、助け合いの場面がたくさん見られています。
「みんなの古民家には個室がなくて、隠し事ができない空間です。誰かがポツリと悩みを話すと、『僕もそうだったよ』『焦らないでいいよ』と子どもたちが思いつくまま話している光景をよく目にします。引きこもっていた経験を誰かに話すことで、誰かの役に立てる。子どもたちは決して『支援を受けるだけ』の存在ではないことを実感しています」
さらに、かつて支援を受けていた子どもたちが、みんなの古民家で誰かをサポートする仕事に就くケースも生まれています。
「フリースクールを卒業して、今は古民家のスタッフとして働いてくれている人もいます。彼らの残りたい気持ちと、他に就職できるところがなかった現実の結果ですが、だんだんと循環が生まれてきました。
現在は、みんなの古民家の運営はほとんどスタッフに任せていて、私はなるべく入らないようにしています。スタッフの間で『ここに来る人に大切なのは、友だち・お腹を満たすこと・お金の使い方を学ぶことの3つ』といった話をしているようですね。毎月のイベント企画も、スタッフが考えています」

立ち上げ前から地域の方を中心にさまざまな方がサポートに加わってくれたそうで、場を開いた後もその関わりは続いています。
「地域と関わるなかで、区長さんが『引きこもっている子どもたちが地区に何人もいるのはわかってはいるけど、家庭のことだから、これまで口を出せなくて……』とおっしゃっていたのが印象に残っています」
みんなの古民家ができたことで地域に生まれた、新たなつながり。今では近隣の住民から、引っ越しや草むしりの手伝い、高齢者の買い物支援など、単発の仕事が入ることもあるそう。みんなの古民家から、地域のつながりが広がっています。

小池さんは、みんなの古民家に通う人たちが、もっと自分で稼ぐことのできる事業をつくりたいと考えています。
「例えば農園に行っても、収穫して売るだけの“いいとこどり”だけでなく、事業の一通りを自分たちの手でできるようにすることで、責任と社会性を持つ経験を提供したいと思っています」
近々、生活クラブとの協働でパン屋を始める計画があるそう。さらに、敷地内の蔵を使って何か新しいことができるように、小池さんの私費を使って改装しました。
「この古民家は、あくまでも走り出すための場所です。ここで準備をして社会へと走り出せるように、市の支援を活用したり自分で探せるようにサポートしたりと、自立のために背中を押していきたいです」

支援を継続するための3年目の課題
一方で、みんなの古民家3年目に向かって、運営の課題も見えてきました。
大きな悩みは資金面。休眠預金の事業年度が終了し、その他の助成金活用をはじめ、資金確保の方法を模索しています。
「どんな法人格にするのがいいのか、お金をどうしていくか、毎日悩んでいます。いただいた助成金や寄付を使っていくだけではなく、資金を増やしていく仕組みを考えなくてはいけないですね」
もう一つ、早急に必要なのは、引きこもっている子どもや若者たちに直接アクセスする広報活動です。現在はスタッフや子どもたちがSNSで発信しながら、公民館活動が盛んな岡谷の土地柄を活かしてチラシを置いてもらうなどの連携を進めています。
「これまではチラシやウェブサイトで広報してきましたが、それらにアクセスするのはほとんどが親御さんです。引きこもっている当事者と親御さんとの関係性が良好でない場合も多いですから、親御さんだけでなく『みんなの古民家』を求めている当事者に情報を伝えられるように、方法や手段を変えていかなくてはと考えています」

小池さんと子どもたちは、資金の目処がつけば、みんなの古民家で「文化祭」がしたいと話しているそうです。「引きこもりの人もそうでない人も、障がいのある人もない人も、誰でも来てほしい」と小池さんは話します。
「今の社会では、誰が引きこもりになってもおかしくありません。ですから誰もが引きこもりへの理解を深められる機会をつくったり、引きこもっている子どもたちのエネルギーをいかに引き出せるかを考えたりしていきたいですね。
生きるという点ではみんな同じ。場があれば助けることができるし、私たちや皆さんが助けられることもあるでしょうから、これからもみんなの古民家を続けていきたいです」
取材後、子ども・若者STEPハウスは、 NPO法人子どもサポートチームすわから独立。また、現在、公益財団法人長野県みらい基金が運営するサイトで、クラウドファンディングを実施中です。
【事業基礎情報】
実行団体 | 特定非営利活動法人子どもサポートチームすわ |
事業名 | コロナ禍の発達特性のある子ども・若者支援 |
活動対象地域 | 長野県諏訪市、岡谷市周辺地域 |
資金分配団体 | 長野県みらい基金 |
採択助成事業 | 2020年度コロナ枠 |
2021年10月初旬、佐賀県と長崎県で外国人を支援する実行団体4団体と資金分配団体(佐賀未来創造基金・未来基金ながさき)がオンライン上で集まり、約2時間にわたって成果報告会を実施しました。その様子を、前半・後半の2回に分けて紹介します。今回は「前半・プレゼン編」です!
コロナ禍における外国人分野の支援を実現
日本に住む外国人の方々は、生活に関わる情報を母国語で得ることが難しいという課題があります。ある在留外国人向けに実施された調査では、在留外国人の9割が「日本語がわからないことで困った経験がある」と回答しています※。特に、新型コロナウイルス感染症や自然災害など非常事態に見舞われると、言語の壁はさらに大きな問題になります。非常事態における「母国語での情報」や「日本語学習の支援」がどれだけ心強い支えになるのかは想像に難くありません。
2020年度新型コロナウイルス対応支援助成の資金分配団体である公益財団法人 佐賀未来創造基金(コンソーシアム構成団体:一般財団法人未来基金ながさき)は、コロナ禍における外国人分野の支援を実現するため、4つの実行団体を選定し活動しています。今回の成果報告会は、その4実行団体と資金分配団体がオンライン上で集い、「新型コロナウイルス対応緊急支援助成での取り組みと成果」を共有し、その成果を発信することを目的に開催されました。会の前半では、実行団体4団体がそれぞれの休眠預金活用事業での取り組み内容についてプレゼンを行いました。以下、それぞれの団体のプレゼンの概要をご紹介します。
※在留外国人総合調査「日本語学習について」株式会社サーベイリサーチセンター(2020年9月23日)
佐賀県国際交流協会(SPIRA)「外国人住民に対する多言語情報提供事業」

1990年に設立されたSPIRAは、「国の国境をなくそう!」(Free Your Heart of Borders!)をスローガンとして活動しています。佐賀県に住んでいる外国人は7,031人(2020年1月1日時点)で、うち40%が技能実習生。国籍はベトナムが一番多く、次いで中国、フィリピン、韓国、朝鮮、インドネシアの順になっています。
SPIRAが「外国人住民に対する多言語情報提供事業」に取り組んだ背景には、日本語が苦手な外国人住民は日本での生活が困難な状況にあり、さらに新型コロナウイルス感染症の情報へリーチできずに深刻さを増しているという課題がありました。そこで、新型コロナウイルス感染症に関する様々な情報や手続きなどについて、母語による情報提供や相談対応ができる環境を整備することにしました。具体的には、協会職員等で対応可能な英語・中国語・韓国語・やさしい日本語に加えて、ベトナム語・インドネシア語・タガログ語・ネパール語ができる人を採用して週1回勤務してもらい、多言語による情報提供と国際交流プラザでの対応を目標としました。
事業の成果として、まずはSNS等による情報の随時発信があります。
「佐賀県から出ないようにというメッセージが出ても、外国人の方に届かなければ出かけてしまい、外国人への偏見につながりかねない。できるだけ早く伝える必要があり、随時発信してきました」と矢富さん。

Facebookの発信には絵をつけて、一目で内容が分かるように工夫しています。ホームページでも多言語で情報を提供し、ワクチン接種の流れを紹介したり、YouTubeの説明動画に10言語の字幕をつけたりしています。また、市から要請を受けて、集団接種の会場で受付から接種完了まで外国人をサポートしました。そのほか、2021年8月に佐賀で豪雨災害が起こった際には、8言語で情報を提供しました。
「多言語パートナーと県職員などで力を合わせて取り組んでいます。みんなが暮らしやすい佐賀になるように今後も続けていきます」と意気込みを語りました。
ユニバーサル⼈材開発研究所「平時から備える災害時多言語発信~母語グループ設立による包括的外国人支援~」

サワディー佐賀はタイ人のネットワークを作るため、2018年にスタートした団体です。タイ料理教室や東京五輪のホストタウンとしてのおもてなし、祐徳稲荷神社への通訳ボランティアの派遣などを行い、災害時はタイ語での発信にも力を入れていました。それらの活動が評価されて、2020年度「ふるさとづくり大賞」で団体表彰(総務大臣表彰)を受賞しました。

佐賀県では災害が起こると佐賀県災害時多言語支援センターが立ち上がり、8言語で対応されます。サワディー佐賀では、行政でカバーできていない残り4%のミャンマー語・タイ語・シンハラ語に対応すべく、事業に申請しました。そして、タイをモデルケースとして、ミャンマーとスリランカのFacebookのページを作りました。今年2月にミャンマーでクーデターが起こった際は、ミャンマー人を対象としてオンラインの生活相談会も行いました。
サワディー佐賀では、通常LINEグループ(62人登録)でやり取りをしています。災害など外国人に知らせたい情報が発生した場合は、山路さんがやさしい日本語に変換し、翻訳チームがタイ語に翻訳し、タイ人メンバーがネイティブチェックをしてから発信するようにしています。ミャンマー語とシンハラ語も同様の仕組みにしました。2021年8月豪雨の際は、タイ語・ミャンマー語・シンハラ語で情報発信を行いました。
「平時からグループを組織化していたことで、スムーズな情報発信ができた。平時こそ、こういう体制を作っておくことが重要だと改めて実感しました」と山路さんは力を込めます。
山路さんは、NPOが災害情報を発信するメリットは多いと指摘します。まず、行政は公平性を担保するために同時発信に配慮するが、NPOは翻訳が完了した言語からスピーディに発信できること。翻訳のソースとして、行政の情報だけでなく新聞やテレビ、気象庁など多岐にわたる情報を扱えること。
また、「翻訳スタッフに謝金を支払えることも大きい。ボランティアでお願いしているといずれ息切れしてしまう」と山路さん。さらに、グループ化によって顔が見えているため、必要とされる情報だけ翻訳すればいいという状況ができました。
今後は、少数言語による情報を県単位ではなく広域で共有できるプラットフォームを作りたいと考えています。同事業は地球市民の会で継承し、佐賀県の企業版ふるさと納税を一つの財源とし、地域おこし協力隊をスタッフとして続けていくそうです。
Treasures of The Planet「長崎発信型在住外国人支援プロジェクト」

「長崎発信型在住外国人支援プロジェクト」では、長崎市在住の外国人を対象としてオンライン・アンケートや面接インタビューを行い、新型コロナウイルス感染症の広がりによって直面している問題を把握。多言語対応のポータルサイト(UNIVERSALAID.JP)を制作して、その結果を公開するとともに、新型コロナに関する医療や福祉情報をはじめ、長崎在住の外国人が必要としている情報を掲載して運営・管理するという事業を実施しています。プロジェクトは長崎大学の多国籍な先生や学生たちの協力のもとで進めています。
まずは学生たちとアンケートの質問事項を検討の上、12か国語に翻訳。アンケートを依頼するチラシとアンケート用のサイトを作り、約360人から回答を得ることができました。その結果を集計して、英語のレポートと、要点を11か国語に翻訳したレポートをUNIVERSALAID.JPのサイトにアップしました。また、アンケートの回答などをもとに、長崎在住の外国人が求めている情報をリストアップして、それらが掲載されているウェブサイトをピックアップ。WHO、厚生労働省、みんなの外国人ネットワーク、長崎県国際交流協会、長崎県や長崎市の国際関係や生活支援の部署などに連絡を取り、コンテンツの共有とリンク、多言語翻訳、サイトへの掲載許可をもらい、UNIVERSALAID.JPで公開しています。なお、翻訳は長崎大学の留学生グループなどにチェックしてもらっています。

サイトについてプレスリリースを出したところ、西日本新聞と長崎新聞、インドネシアのサイトで紹介されました。Googleアナリティクスによると、現在のユーザーは約490人で、リピーターが約2割になっています。
松尾さんは「外国人の方々に話を聞いてみると、すでにあった外国人向けの情報サイトと比べて、UNIVERSALAID.JPは非常に分かりやすくて使いやすいと評価いただいています。今後は、新型コロナ感染症の情報だけでなく災害情報やゴミの出し方などいろいろな記事を掲載して、サイトを見てくれる人やリピーターを増やしていきたい」と総括しました。
フリースクールクレイン・ハーバー「在留外国人親子の日本語習得&不登校支援」

フリースクールクレイン・ハーバーは長崎で、不登校の子どもたちの支援を17年にわたり行ってきました。「外国人の親を持つ子どもが、日本の学校に行きづらさを感じて不登校になるケースも見てきました」と高村さん。また、同団体では、使わなくなった学生服とランドセルを生活困窮家庭やひとり親家庭に寄付する活動をしており、外国人の子どもに寄付することもありました。
そんな中、新型コロナウイルス感染症の影響で仕事を失ったり就業が困難になったりしている外国人親子を支援しようと、日本語専門学校のあさひ日本語学校と連携して事業に取り組むことにしました。事業の概要は、長崎県内在住の外国人を対象に、就労を目的とした日本語教育をオンラインで無料で行うというもので、必要に応じて子どもにも支援を行います。オンライン授業のため、離島を含めて広い範囲の外国人を支援することが可能です。県内の9市町村の役所や社会福祉業議会などにチラシを配って周知を図り、長崎新聞にも記事が掲載されました。その結果、現在4人にオンラインで授業を行っており、うち1人は実際に仕事に就くことができました。

課題としては、目標の10人になかなか届かないことが挙げられ、「問い合わせをいただいても、対面での授業がいい、夜間に授業してほしい、就業は望んでいないなどと条件が合わなかったケースもあります」とのこと。また、今のところ受講者に子どもがいないため、子どもとつながって支援した事例がないことも課題であり、「これまでとは違う子ども関係の部署や教育委員会に周知するなど、アプローチの方法を工夫していきたい」と高村さん。「コロナ禍でマイノリティの方々にしわ寄せがきている。そのような方に優しい長崎でありたいと思っています。次年度以降については、コロナの状況をみながら、どうやってニーズに対応していくかを考えて、もっと多くの外国人親子に関わっていきたい」と今後に向けての意気込みも話しました。
資金分配団体 | 公益財団法人佐賀未来創造基金 (コンソーシアム構成団体:一般財団法人未来基金ながさき) |
事業名 | 新型コロナ禍における地域包摂型社会の構築 ~地域で暮らす全ての人の安心と未来をつなぐ~ |
対象地域 | 佐賀県、長崎県 |
実行団体 | ★公益財団法人佐賀県国際交流協会(SPIRA) ★一般社団法人ユニバーサル人材開発研究所 ★NPO法人Treasures of The Planet ★特定非営利活動法人フリースクールクレイン・ハーバー ・九州ケータリング協会 ・佐賀県地域共生ステーション連絡会 ・NPO法人ナガサキリハビリテーションネットワーク ・一般社団法人すまいサポートさが ★:今回の記事で紹介されている団体 |
2020年秋、東京都新宿区にオープンした『プライドハウス東京レガシー』は、日本初となる常設の大型総合LGBTQセンターです。「プライドハウス東京」コンソーシアムの事務局であり、本施設の運営を担うのは『特定非営利活動法人 グッド・エイジング・エールズ』。2つの資金分配団体「特定非営利活動法人 エティック(2019年度通常枠)」「READYFOR株式会社(2020年度緊急支援枠)」の実行団体として休眠預金を活用し ています。今回は、グッド・エイジング・エールズ代表の松中権さんに、元アナウンサーでエッセイストの小島慶子さんがLGBTQを取り巻く環境や休眠預金を活用した事業の取り組みなどについてお話を伺った様子をレポートします。
▼インタビューは動画と記事でご覧いただけます▼
「自分らしさ」を体現できる場づくりを。留学体験で抱いた松中さんの思い
小島 慶子さん(以下、小島):はじめに、グッド・エイジング・エールズはどのような活動をされているのでしょうか?
松中 権さん(以下、松中):グッド・エイジング・エールズは2010年に立ち上げた団体です。僕らはNPO団体として、LGBTQ+(※1)の方々が社会生活を送る中で、それぞれのセクシュアリティを超えて交流できる「場づくり」をしています。
※1:LGBTQ+…レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランジェンダー、クエスチョニング(自分の性別や性的指向に疑問を持ったり迷ったりしている人)/ クィア(規範的な性のあり方に違和を感じている人や性的少数者を包摂する言葉)の英語表記の頭文字を並べ、LGBTQだけではない性の多様性を「+」で表現している。以下、本文では「LGBTQ」と表示。
小島:活動のきっかけはどんなことだったのでしょう?
松中:僕自身がLGBTQの当事者で、子どもの頃はずっと自分のことを受け止めづらい心境でした。
日本の大学を卒業してオーストラリアの大学に留学をしたときに、はじめてカミングアウト。「自分らしく暮らすことって、こんなに心地いいんだ!」という体験をしました。そこで抱いた「こんな社会になったらいいな」という思いを胸に日本へ戻り、広告代理店に就職したんです。ところがその後、自分らしさをクローゼットの奥深くにしまうように、ヘテロセクシュアル(異性愛者)のふりをした暮らしが8年間続きました。
それでも「自分が自分である部分」を大切にしたいと考えて、再び海外へ。ニューヨークのイベント会社でゲイであることをカミングアウトして働きました。ちょうどオバマ大統領が就任した頃です。社会自体を変えていこうとする動きに刺激を受けて、自分自身もこれだけ心地よく暮らし、働いていけるのだったら、そういう社会が日本にもできて欲しいと思ったことがきっかけとなって、帰国した後にグッド・エイジング・エールズを設立しました。

LGBTQにとっていつでも頼れる居場所、それが『プライドハウス東京レガシー』
小島:オーストラリアやアメリカなど海外では同性婚が可能になっている昨今、LGBTQを取り巻く日本の環境はどうなのでしょうか?
松中:まだまだ厳しい状況だと感じています。例えば、LGBTやLGBTQという言葉に関して、電通ダイバーシティ・ラボ(※2)の調査によると約8割の人が知っているという結果でした。同じく、その調査でLGBTQの当事者に「自分がLGBTQであることをカミングアウトできる社会ですか?」と質問すると、「まだまだそんな社会ではない」という回答が7割強もあり、日本社会では差別や偏見などが根強いことを改めて感じました。
※2:ダイバーシティ&インクルージョン領域の調査や分析、ソリューションの開発を専門とする組織。これまで2012年、2015年、2018年、2020年に「LGBT調査」を実施。
小島:日本でのLGBTQに対する差別や偏見の背景には何があると思われますか?
松中:日本カルチャーには、異質なものを締め出そうとしたり、同質であることを評価する風潮があると思います。人とちょっと違うこと自体が揶揄の対象になってしまう傾向が根底にあり、性的指向や性自認が多くの方々とたまたま違う人を排除しようと考えることが背景にあるのではないでしょうか。
小島:そうした状況の中で、なぜ『プライドハウス東京レガシー』をオープンしようと思ったのですか?
松中:海外には「LGBTコミュニティセンター」という常設の総合センターがありますが、日本にはそのような「何かあったらそこに行けばいい」という、安心・安全な居場所がありませんでした。日本のLGBTQコミュニティはずっとそのような居場所が欲しいと願ってきたのですが、なかなかそういう場所をつくるきっかけやサポートもない状態でした。
そのような中、今回の東京2020オリンピック・パラリンピック大会の開催は、社会を変えていく一つの大きな節目になるんじゃないかと思い、『プライドハウス東京』プロジェクトを立ち上げました。
小島:実際に活動をはじめて、さまざまな方が訪れているかと思いますが、実感としてはいかがですか?
松中:来場者だけでなく、スタッフの皆さんも、「こういう場所があって本当によかった」とおっしゃっていただいています。僕たちはグッド・エイジング・エールズとして2010年から活動を続けてきましたが、例えばこれまでのイベントなどではお会いしたことがないような方々がたくさんいらっしゃっています。実はイベントに参加することすらハードルが高いと感じる方もいらっしゃるんだということを、ここをオープンして感じています。ご年配の方から親御さんと一緒にいらした保育園・小学校くらいの方まで、幅広い年齢層が『プライドハウス東京レガシー』を訪れています。当事者の方も、そうではない方も、例えばLGBTQのことを勉強している大学生の方なども卒業論文制作のために、蔵書を見に来たりしています。

小島:LGBTQに関する蔵書が約1,800冊もあるそうですね。
松中:この施設の立ち上げとともに「LGBTQコミュニティ・アーカイブ」というプロジェクトをはじめたんです。蔵書は、クラウドファンディングによるご支援を中心にして集めました。大人向けのものからユース向けのコミックやLGBTQをテーマにした絵本なども、世界中の大使館の協力も得て集めています。

大切なのは「自分のなりたい自分」。未来を担う若者や中高齢者をラップアラウンド
小島:LGBTQの方々に対する支援も世代別で課題が異なると思いますが、中高齢者向けの支援ではどんなことに取り組んでいますか?
松中:実施している事業の中では、35歳以上を中高齢者と定義しています。その世代の方の一番の悩みは「仕事」です。仕事は人間関係で成り立つことが多いので、カミングアウトできずに自分を隠して人と距離をとってしまっている中、コロナ禍ではよりその距離がとりづらくなり、仕事を休んだり、辞めることになってしまったりしています。
例えばそうした方々には、この『プライドハウス東京レガシー』を一緒につくることに協力していただいています。LGBTQコミュニティ・アーカイブを整理する作業をそうした方々にお願いしているなどがその例で、これも休眠預金を活用した事業で実施しています
小島:特に性的少数者の高齢者にとっては、法律の後ろ盾もなく、誰とどうやって生きていけばいいのかという悩みもあるのではないでしょうか?
松中:そうなんです。そうした問題を受けて、生活支援の相談もはじめています。例えば、同性のパートナーと一緒に暮らす際にLGBTQフレンドリーな不動産屋を紹介したり、自身の性的マイノリティーについて周囲に語ることができない状況で病気を患い、誰にも相談できずに困っている方を行政と繋いだり、多岐にわたってサポートしたいと思っています。
小島:それは心強いですね。では、若者世代の課題はどんなことが挙げられますか?
松中:若者世代は自分が「LGBTQの当事者かもしれない」と気づくタイミングであり、同時に自分自身を受け止めることが難しい年齢でもあるので、そこをサポートすることも課題のひとつです。
「ラップアラウンド・サポート(ラップアラウンド=包み込む)」と呼んでいますが、通常「支援」というと、支援する側がアドバイスするのですが、私たちのラップアラウンド・サポートは、当事者である若者が真ん中にいて「自分がなりたい自分」を会話から引き出し、その想いに近づける手助けをしています。例えば「親御さんへカミングアウトしたい」「女の子として学校に入学したけれど、ずっと違和感を持っていて男の子の制服を着たい」といった個々の悩みに、それぞれどんな方法がよいか、必要であれば学校の先生方や親御さんなどにも入っていただいて一緒に考えます。当事者である若者自身がどうしたいかという点を中心においてサポートをしています。
小島:それはとても心強いでしょうね。全部自分で決めて、誰に言おうかと悩むのは辛いですものね。
松中:インターネットが発達してLGBTQの情報は多くなってきているとはいえ、正しい情報をきちんと届けていかなければいけないと考えています。若者世代は近しい友達からいじめを受けやすい世代でもあるので、ラップアラウンド・サポートを通じて、当事者もしくは当事者かもしれないという方だけではなく、色々な人に知っていただくことも大切だと思っています。実際、高校生と先生が総合学習の中でここにいらっしゃって、LGBTQのことを学ぶということも行われています。
小島:これまでお話を伺ってきて、「プライドハウス東京」コンソーシアムの活動にかなり手ごたえを感じている印象を受けました。
松中:そうですね、手ごたえを感じています。でも、まだこのような施設は東京にしかないので、ゆくゆくは日本全国に届けていきたいと考えています。現在はコロナ禍なのでオンラインでの企画なども検討しています。
休眠預金を活用してLGBTQの「若者」と「中高齢者」向けに2つの助成事業を実施中。
小島:『プライドハウス東京レガシー』のオープンにあたって休眠預金を活用されていますが、このような制度があって本当に良かったですね。
松中:本当に良かったです。この仕組みがあったからこそ、『プライドハウス東京レガシー』ができたと思っています。現在、グッド・エイジング・エールズが事務局となって、2つの休眠預金活用事業を実施させていただいています。
ひとつは2019年度通常枠で、『特定非営利活動法人 エティック』という資金分配団体から3年間の助成を受け、LGBTQユース(子どもや若者)を中心とした支援を行っています。普通の助成は1年間で終わってしまうものが多いのですが、『プライドハウス東京レガシー』は期間限定の取り組みではなく常設の場所にしていきたいので、3年間の助成で『プライドハウス東京レガシー』がどうやったら持続可能になっていくかについて私たちと一緒に考えてもらっています。
実は『プライドハウス東京レガシー』はコンソーシアム型の取り組みで、LGBTQの支援を行う33のNPO団体や専門家と一緒のチームで動いているのですが、エティックの方々にそのチームの中の打ち合わせに入ってもらったり、また組織自体をどのように持続可能にしていくかということを、もともとエティックが持っていらっしゃるノウハウに基づいて支援をいただいたり、資金だけではなく人的なサポートもいただいています。
もうひとつは2020年度新型コロナウイルス対応緊急支援助成です。資金分配団体である『READYFOR株式会社』から、LGBTQの中高齢者に向けた支援として1年間の助成を受けています。
コロナ禍で失職して仕事ができず精神的に辛い思いをしている方、さまざまな事情で一時的に仕事をすることが難しい方などを対象に、緊急的に色々な働き方が提供できるようにサポートができており、すごく助かっています。

東京2020オリンピック・パラリンピックを日本中にメッセージを届ける機会に!
小島:最後に、これから取り組んでいきたいことなどを教えてください。
松中:東京2020オリンピック・パラリンピックの機会をうまく活かしていきたいと考えています。この大会が、一人ひとりが「自分はこれを変えたい」「自分こうなりたい」ということを考えるきっかけになればと。
僕たちの「プライドハウス東京」は、2010年のバンクーバーオリンピック・パラリンピック開催時に誕生した「プラウドハウス」のコンセプトを元にしているので、もともとスポーツとLGBTQがテーマだったんです。ですから大会期間中のタイミングを上手く活かして情報発信していきたいと考えています。日本ではLGBTQをカミングアウトしているアスリートはまだ少ないですが、世界中から応援メッセージが届いており、若者を含めてLGBTQだけではなく日本中の皆さんにメッセージを届けたいと考えています。
(取材日:2021年7月22日)

■松中権さん プロフィール■
NPO法人グッド・エイジング・エールズ代表。「LGBTと、いろんな人と、いっしょに」をコンセプトに、インクルーシブな場づくりを行うなど、多数のプロジェクトを手掛ける。東京2020組織委員会内での、LGBT勉強会や多様性リーフレット作成監修も担当している。
■小島慶子さん プロフィール■
TBSでアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍。2010年に退社後は各種メディア出演のほか、執筆・講演活動を精力的に行っている。東京大学大学院情報学客員研究員。呼びかけ人の一人となっている「ひとりじゃないよプロジェクト」では、コロナ禍で打撃を受けている120万世帯を超える母子世帯を応援する活動を精力的に行っている。
■事業基礎情報【1】
実行団体 | 特定非営利活動法人グッド・エイジング・エールズ |
事業名 | 日本初の大型総合LGBTQセンター「プライドハウス東京」設立プロジェクト -情報・支援を全国へ届ける仕組みを創り、LGBTQの子ども/若者も安心して 暮らせる未来へ- |
活動対象地域 | 東京都、及び全国 |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人エティック |
採択助成事業 | 『子どもの未来のための協働促進助成事業 ~不条理の連鎖を癒し、皆が共に生きる地域エコシステムの共創』 〈2019年度通常枠〉 |
■事業基礎情報【2】
実行団体 | 特定非営利活動法人グッド・エイジング・エールズ |
事業名 | LGBTQ中高齢者の働きがい・生きがい創出 |
活動対象地域 | 全国 |
資金分配団体 | READYFOR株式会社 |
採択助成事業 | 『新型コロナウィルス対応緊急支援事業 ~子ども・社会的弱者向け包括支援プログラム』 〈2020年度新型コロナウィルス対応緊急支援助成〉 |