保見団地は小高い丘陵地帯に広がるマンモス団地。一時期は10,000人を超える住民を擁していたそうですが、他地域の団地と同様に住民の減少と高齢化が進んでいます。一方、1980年代後半から近隣の自動車製造企業等の企業に働きに来たにブラジルやペルー等の人々の入居率が高まってきています。その中で生じたのが、日本人と外国人との間で起こる、言葉や文化・習慣の違いからのさまざまな問題です。その1つ1つの問題の解決めざし、日本人も外国人もそこに暮らす者同士として共生し、保見団地を“多文化多様性が輝く場”にするために立ち上がった休眠預金を活用した事業『保見団地プロジェクト』(資金分配団体:一般財団法人中部圏地域創造ファンド)を取材しました。”
住民の7~8割が外国人という環境
広場に設えられた屋台式のカフェのそばで、おしゃべりを楽しんでいる数人の外国人であろう若者たち。彼らに「銀行に行こうと思ったら、コーヒーの香りがしたから来ちゃった」と気軽に話しかける、白い割烹着を着た日本人女性。この光景が繰り広げられているのは、愛知県豊田市の北西部にある保見団地です。土曜日の午後の一コマであるそんな光景にも、この場が秘めている多様性の楽しさを感じます。
保見団地は豊田市の北西側に位置するマンモス団地。一戸建て住宅の保見緑苑自治区、UR 都市再生機構の公団保見ケ丘自治区、保見ケ丘六区自治区、県営住宅の県営保見自治区の 4 つの住民組織があり、通称「保見団地」と呼ばれています。保見団地の居住者の半数はブラジルの方々です。さらに県営住宅では、800世帯入居するなか住民は約2,000人で、その7割がブラジル人の方々です。その他にペルー人、中国人、ベトナム人なども暮らしていますが、ブラジル人は87%を占めています。
こうした中で、言葉・生活習慣や文化の違いから、さまざまな問題が起こってきました。例えば、ゴミを収集日以外の日にゴミ捨て場に出してしまう、ルール通りの分別をしていない、夜間に騒音をたてる人がいる等です。
2020年12月に保見団地プロジェクトが実施した調査では、生活で困っていることとして外国人では「近所付き合いが少ない」、日本人では「規則を守らない」ということが1位に上がりました。さらに日本人の生活で困ったことを見ると、「言葉が通じない」「習慣の違い」が続きました。

取材日、お話を伺った県営保見自治区で副区長を務める藤田パウロさんは言います。
「外国人がマナーを守らないということがあります。確かに、守らない人もいます。でも、反対に日本人が暮らしのマナーを彼らに伝える努力を充分にしてきたのでしょうか? 外国人と日本人がともに暮らしていくためには、互いの考えや習慣を知って、理解し合うことが大切です。なかなか伝わらないから、あきらめるのではなく、たとえ一人であっても伝えれば、そのうち一人が二人。二人が三人にと増え、それが重なっていけば外国人も日本のマナーも理解して暮らせるようになるのだと思います」と。
さまざまな壁はあるとしても、互いに互いの文化・習慣を理解しようとしながら関係を築いていくことで解決への道筋がある。そのことに気づき、行動しようとした人たちがつながり、保見団地プロジェクトははじまっていったのです。
事業のきっかけとなった、「HOMIアートプロジェクト」
保見団地では、前述のように言葉・生活習慣や文化の違いから、さまざまな問題が生まれていました。愛知県県営住宅自治会連絡協議会や、県営保見自治区の方々がその解決に向けて議論を進め試行錯誤してきましたが、団地の住民を一斉に集めて交流をはかっていく試みは、あまり成功したことがありませんでした。
そのような中、地域の外国籍の子どもたちに学習支援で関わっていたNPO法人トルシーダが、アートの力で、より豊かな団地をつくろうと2019年に「HOMIアートプロジェクト」を始めました。
このプロジェクトは、子どもから大人まで国籍に関係なく、団地の外国人を中心とした住民と アートを通して言葉を超えた交流の機会をつくるものです。プロジェクトには、アーティストのほか、中京大学、外国人との共生を考える会もメンバーも加わりました。

プロジェクトの集大成は、2020年3月に実施された壁面アート制作です。 場所は団地の憩いの場として設けられていたスペース。円形のベンチが設置され、床にはタイルが敷き詰められたそのスペースは、アートプロジェクトに取り掛かる以前は落書きで白い壁は汚され「憩い」とはほど遠い状況でした。
しかし、その場所が子どもたちやアーティストたちの手によって美しい壁画に変わったのです。壁画を一つ一つ丁寧に見ていくと、テレビなどで見かけるタレントや団地内で見かける人の顔を見つけることができます。また名刹の庭に見るような枝ぶりの松や風神雷神のような獅子、楽園に集う人々など、それぞれに表情豊かな絵が描かれました。

トルシーダのワークショップなどを通してアートに触れ、表情豊かに生まれ変わった壁を目にし、子どもたちは、隣接する23棟・24棟にも壁画を描く愛知県立大学の学生による活動にも、目を輝かせて参加したということです。
「やっぱりきれいになると嬉しくて、次は自分たちが住むところもキレイにしたくなるんです」と語る県営保見自治区で区長を務める木村友彦さんも、アートが生み出す力を感じたといいます。

トルシーダによる「HOMIアートプロジェクト」は、言葉が通じなくてもきっかけとつながりがあれば、住民たちが課題解決にむけて協力しあうことができることを示した、象徴的な取り組み。また、この活動を通じて、保見団地で活動する複数団体の分野横断的な協働も始まりました。
その一つが、中京大学の教員・学生との連携です。中京大学と保見団地は近い場所にあります。2019 年度秋学期に現代社会学部で実施された「国際理解教育Ⅱ」という科目で取り組んだ内閣府・豊田市・中京大学の3 者連携による規制緩和事業で、履修者たちが取りまとめた「多文化共生」に関しての提言を背景に、当時現代社会学部で教鞭をとっていた斉藤尚文さんのもと、学生たちがプロジェクトに参加したことで連携が実現しました。
「HOMIアートプロジェクト」は、住民の心の変化を呼び起こすきっかけであるとともに、「保見団地プロジェクト」のきっかけにもなったのです。
5つの団体と休眠預金を活用し具現化した『保見団地プロジェクト』
「HOMIアートプロジェクト」から生まれた保見団地の課題を解決していく「きっかけ」ですが、さらに取り組みを拡げていくためには、多くの人の協力と資金が必要になります。
ちょうどこのとき中部圏地域創造ファンドが、タイミングよく休眠預金を活用して市民活動への助成を行う「NPOによる協働・連携構築事業」を公募していることがわかりました。その公募要領には、チームを組んで申請することとあります。そこでトルシーダ、県営保見自治区、保見プロジェクト(中京大学)、外国人の共生を考える会、愛知県県営住宅自治会連絡協議会の5団体が「保見団地プロジェクト」としてチームを組んで申請し、審査に臨みました。そして、みごと採択され具体的な活動が始まったのです。
この「チームを組んで」という条件について、資金分配団体である中部圏地域創造ファンドの大西光夫さんに聞きました。
「地域で課題解決に取り組む団体にはさまざまに強みを持った団体があります。団体がそれぞれに自律した活動を展開しながら、さらに協働して取り組みを進めていくことができれば、団体が単体で活動するよりも、大きな成果を得ることができます。それは支援を受ける側にとっていいことです。加えて、協働して取り組むことで助成終了後にも持続する関係が作れるのだと考えています。保見団地においても、様々な立場の組織が助け合いのコミュニティづくりに取り組むことで、地域が抱える多様な課題を解決していけるのではないかと考えました。」
こうして生まれたのが、保見団地を「住みやすく、きれいに、楽しい場所」にするために、「ゴミ」「子育て」「高齢者」「アート」「防災」「団地自治」等の多角的なテーマに取り組む「保見団地プロジェクト」です。
このプロジェクトを構成する団体とその役割は次の図の通りです。

これに加えて、中京大学の学生としてトルシーダの活動等に参加していた吉村迅翔さんが代表を務める「JUNTOS(じゅんとす)」という団体が、中京大学の保見プロジェクトと連携し活動を展開しています。外国にルーツを持つ方々に語学学習や交流の場を提供し、さまざまな面で選択肢を広げることを目指しています。いまでは保見団地プロジェクトにおいて、欠かせない存在となっています。
活動のポイントは「一緒に過ごす時間を長く作る」こと
それぞれの団体が担う役割や思いは異なり、様々な活動が展開されました。主な活動は以下の通りです。
活動内容 |
▶子ども食堂、高齢者サロン等による集会所を拠点とした交流の促進 ▶集会所・アートプロジェクトの空間・公園等を活用した自主的な交流活動の進展 ▶生活課題を抱える人に対する食糧配布等の支援、出前型支援、相談体制の充実 ▶外国にルーツを持つ子どもの教育支援、地域活動参加の促進 ▶自主サークル、防災活動、コミュニティビジネスを通じた外国人住民の自治活動の促進 ▶ルール違反のごみ問題に対する住民参加型のごみ回収、ルールの啓発 ▶生活や自治活動に関わる情報を住民に届ける多言語情報発信 |
活動トピックス1:移動式公民館 |

活動トピック2:自治区と中京大が協働したゴミに関わる取り組み 自治区で行う清掃活動に中京大生がお手伝いを行う他、ゴミ出しについての多言語放送、分別ルールの動画づくり、ルール違反のゴミ観察を行って防止用の照明を設置する取り組みなど、チーム団体間で力を合わせることで、今までとは異なるアプローチ・工夫が可能になりました。結果、より多くの住民がゴミ問題を意識するようになってきています。 |

しかし、プロジェクトを進めるなかには、同じように考え、足並みをそろえながらの作業が求められる場合もあるはず。そんな場合の難しさはなかったのでしょうか。
「もちろんありましたよ!一例をあげると、2020年に行った団地住民へのアンケートの時のことです。そこで最も付き合いが長く理解し合っていたはずのトルシーダと私がぶつかったのです」と斉藤さん。
その衝突はアンケート発送間際に発覚したミスの対応だったそう。この件は、話し合いをしたものの、結局、折衷案を見つけられずに、トルシーダがその対応を行ったとのこと。様々な活動を進める中では、実際に保見団地の住民を代表してまとめる立場である人と、斉藤さんたち実行団体のメンバーのように外部から入ってきた人たちの間にも、時には思いの違いから折り合いがつかない場面もあったといいます。それらをうまく乗り越えるためのコツを、斉藤さんは次のように教えてくれました。
「最大のポイントは、相手と一緒に過ごす時間を長く作ることです。何気ないやり取り、雑談を重ねる中で、お互いに気心が知れる関係を築くことができます。」

一方で、住民代表である県営保見自治区自治区 区長の木村さんは、ぶつかり合うことにも前向きです。 「居住者のなかには、外部からさまざまな人たちが入ってきて活動することを反対する人もいます。でも、私は斉藤さんをはじめとした皆さんは県営住宅をよりよくしようとの思いから、さまざまなことに取り組んでくれていることがわかっています。だから大賛成!多少、ルールの壁があったとしても、よりよくなればいいのです。」
多様な人とのつながりの中で活動を実施するためには、衝突を避けることができません。互いの主張が違うのは当たり前。多様性への理解が、活動を前へと進めているのです。
保見団地プロジェクトを支える手
チーム団体以外にも、保見団地プロジェクトの連携は広がっています。例えば、保見団地内には介護・ホームヘルプ事業等を担う「ケアセンターほみ」。ここは、訪問ホームヘルプ、障がい児デイサービス、障がい者の訪問サービス等を行っていて、県営保見自治区で副区長の藤田さんやJUNTOSの吉村さんも児童指導員として勤務しています。センターは、土曜日はJUNTOSの学習支援の場として一般の子どもたちに開放され、子どもたちは宿題をしたり、おしゃべりをしたり、遊んだりして過ごします。
実は、JUNTOSは学習支援を集会所で行っていたのがコロナ禍で使えなくなってしまいました。それを知った「ケアセンターほみ」を運営する上江洲恵子さんが、ケアセンターを使ってもよいとの声を掛けてくれたのです。今は、毎週金曜日にトルシーダと保見プロジェクトで行うフードパントリー・子ども食堂でも、センターの軒下を使わせていただいています。
県営保見自治区 副区長の藤田さんは、ケアセンターほみに関わる中で、気づきがあったといいます。「日本人と外国人には言葉の壁があると言います。でも、わたしは障害をもつ子との関わりを通して、それは関係ないと感じているのです。言葉を話すことができない子は、全身を使って私や上江洲さんに会えた喜びや要求を伝えてきます。言葉がなくても、しっかり私たちに伝わってくるのです。言葉よりも日々を共に過ごすことの積み重ねが、何よりも大切です。これはよりよい保見団地を考えていく上でも、大切な視点だと感じています。」と話してくれました。
「ケアセンターほみ」が単なるケアセンターとしてだけではなく、団地内の人々と保見団地プロジェクトの実行団体やその活動、そして心をつなぐハブセンターになっています。
保見団地プロジェクトは、このように「ケアセンターほみ」に代表される様々な支え手にも恵まれながら、着実に前に進んでいるのです。

活動のビジョンづくりは住民主体で
保見団地プロジェクトを実施中に、新たな出会いがありました。建築家の筒井伸さんです。筒井さんはコロナ禍以前は南米の都市や建築・文化に関する調査や建築設計を主に活動としていましたが、コロナ禍でそれが難しくなり、そこで、学生時代の友人が住んでいた保見団地なら南米に関する活動ができるのではないか、との思いから保見団地プロジェクトのメンバーとなりました。トルシーダが行う移動式公民館やアートプロジェクト(=プラゴミにアイロンを使ってバッグをつくるワークショップ)に参画。現在では、「保見団地プロジェクト」が取り組む保見団地の将来ビジョンを検討する会議のファシリテーターとして関わっています。
筒井さんは、保見団地プロジェクトのビジョンづくりの特徴を次のように話します。
「一般的にまちづくりのビジョン作成は、アンケート調査やマーケティング調査などを行って、その結果を基にまとめるといった作られ方が多いと思います。しかし、保見団地の場合は違います。ワークショップを開くなどして住民の方の意見を聞き、地域の方々がどんな場所を作りたいかといった思いを聴きだし、それを我々が形にします。ですから、もし地域の方々の気持ちが変われば、その段階でビジョンも更新するといった方法です。住民の皆さんの声を聞き入れTrial and error を重ねながら希望のかたちを作り上げていきます」
ワークショップは計4回開催。大人も子どもも外国人も日本人も、様々な人が参加し、だんだんとビジョンが形作られていきました。

こうして2023年2月には、「保見団地将来ビジョンブック」が完成しました。
この中には、「保見団地の歴史」や「将来ビジョン策定のプロセス」などが掲載されているとともに、ワークショップを通じて参加者が体感した多様な価値観を、さらに拡大し未来につなげていこうという思いのもと生まれた、将来ビジョンのコンセプト「保見21世紀のユートピア」というキャッチフレーズや、そのイメージ図なども掲載されています。

2023年3月で休眠預金活用事業の「保見団地プロジェクト」は終了となりましたが、4月以降は「保見団地センター」という名称で活動を引き続き展開していく計画です。
「保見団地プロジェクト」から生まれた様々なつながりを背景に「保見団地センター」は、「将来ビジョン」の実現に向けて、これからも一歩一歩、歩んでいきます。
【事業基礎情報】
実行団体 | <保見団地プロジェクト:チーム構成団体> |
事業名 | 日本社会における在留外国人が抱える課題解決への支援と多文化共生 |
活動対象地域 | 愛知県 |
資金分配団体 | 一般財団法人中部圏地域創造ファンド |
採択助成事業 | <2019年度通常枠>NPOによる協働・連携構築事業副題:寄り添い型包括的支援で困難な課題にチャレンジ!創造性を応援! |
今回の活動スナップは、特定非営利活動法人芸術家と子どもたち(資金分配団体:特定非営利活動法人 まちぽっと)。休眠預金活用シンポジウム(2022年5月開催)で放映した「休眠預金活用事業紹介ムービー」の制作にご協力いただきました。シンポジウム用の動画ではご紹介できなかった動画を再編集し、撮影に同行したJANPIA職員のレポート共に紹介します。””
活動の概要
芸術家と子どもたちは、東京都豊島区を拠点に、現代アーティストと子どもが出会う「場づくり」を行っているNPO法人です。アーティストが小中学校や児童養護施設、特別支援学級などへ出かけていき、ダンスや演劇、音楽などのアートに関するワークショップを実施することで、多様な子どもたちに文化的な体験を提供してきました。
2020年からは3か年計画で休眠預金を活用し、母子生活支援施設や子ども食堂に通う子どもたち、外国にルーツを持つ子どもたちなどを対象にした活動をスタート。音楽や演劇、ダンスなどを用いて、自己表現力や自己肯定感、コミュニケーション能力を育んでいます。
活動スナップ
撮影に同行したJANPIA職員のレポート

堤康彦さん、撮影の様子。撮影はZAN FILMSの本山さん、もろこしさん。
「アーティストはモノの見方が新しくおもしろい。そういったアーティストの専門性やクリエイティビティと、子どもが出会うことで、どんな化学反応が起きるのかワクワクしませんか」
『芸術家と子どもたち』の代表を務める堤康彦さんが、活動を始めたきっかけを紹介してくれました。例えば、学校の授業では学習が難しく、突飛な行動をしてしまう子どもが、アーティスト・ワークショップではおもしろいアイデアを出して生き生きとリーダーシップを発揮するケース。正解や間違いがなく、おもしろがったり褒めあったりすることで「みんなが認め合える場」として、アーティスト・ワークショップを子どもに届けています。
一方で、活動の根幹には強い課題意識があります。日本社会、特に東京のような都市部で暮らす子どもは、日々の生活に困難さを感じているのではないか。子どもにとって大切な「体験する機会」が奪われていないか。コロナ禍で、貧困家庭やひとり親家庭の子どもはどう過ごしているのか。
『芸術家と子どもたち』がアーティスト・ワークショップを重視している理由は、子どものときから自分を素直に出して人とコミュニケーションをする体験が、とても有効だと考えているからです。自己肯定感が低くて自信を持てないことは、他者との関係構築が難しくなるなど、人間関係にさまざまな弊害をもたらすため、子どものときにありのままの自分を認める体験を届けようとしています。
休眠預金を活用し、資金分配団体である『まちぽっと』の伴走支援を受けて活動を進めるなかで、豊島区内の団体でのコラボレーションが実現しました。同じ豊島区で、子ども食堂や遊び場を運営する『豊島子どもWAKUWAKUネットワーク』との連携が実現し、食堂に集まる子どもを対象に演劇のワークショップを定期的に行っています。
この連携によって活動の幅が拡がっただけでなく、とても大切な気づきがあったと事務局長の中西麻友さんが教えてくれました。

中西麻友さん、撮影の様子。
「今までは児童養護施設などの既存施設にいる子どもを対象に活動してきましたが、今回活動してみたことで、その入所対象からは外れてしまうものの、困難な状況にいる子どもがいることを知りました。そういう子どもの存在は見えにくく、制度に置き去りにされています。彼らに対して私たちが何かできることはないか、と考え始めました」
この問題意識をもとに、福祉の現場で活動する団体との連携をさらに進め、母子生活支援施設※の子どもに向けたワークショップも開始しました。
※生活上のさまざまな課題を抱え、子どもの養育に困難を抱える母子世帯の生活と自立を支援する児童福祉施設。
ワークショップの最後に行う発表会には、地域の大人も招待しています。地域の人が見守っていてくれて、褒めてもらえると、子どもは「自分は見てもらえている」という実感を得ることになるからです。
「人とつながる経験は子どもの心に残って財産になり、成長して壁にぶつかったとしても、前向きな原動力になると信じています」
中西さんが力強く話してくれた言葉が、とても印象に残りました。
【事業基礎情報】
実行団体 | 特定非営利活動法人芸術家と子どもたち |
事業名 | プロの芸術家による表現ワークショップを通じた当事者の交流及び共同創作事業 |
活動対象地域 | 東京都 |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人 まちぽっと |
採択助成事業 | 市民社会強化活動支援事業 〈2019年度通常枠〉 |
今回の活動スナップは、既に事業が完了している20年度新型コロナウイルス対応緊急支援助成の実行団体『認定特定非営利活動法人 ミューズの夢(資金分配団体:公益社団法人 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン)』から届いた、助成完了後の嬉しい報告についてお届けします。
「ミューズの夢」の休眠預金活用事業について
ハンディの有無にかかわらず子どもたちに質の高い音楽とアートに触れる機会と、自由に表現できる環境をつくることを目指して活動している『認定特定非営利活動法人 ミューズの夢(以下、ミューズの夢)』は、2020年度新型コロナウイルス対応緊急支援助成〈資金分配団体:公益社団法人 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(以下、セーブ・ザ・チルドレン)〉の実行団体として、コロナ禍で活動が制限され、子どもたちにも不安が広がるなか、「離れていても芸術に触れることができ、一緒に参加でき楽しいプロジェクト」に取り組みました。
(詳しくは、掲載記事をご覧ください。)
離れていても、 子どもたちと芸術を通じてつながりを生み出す~ミューズの夢~
助成事業のその後♪
今回は、記事掲載の際に交流を持った芸術監督を務める仁科彩さんから、「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」と「JANPIA」宛に助成事業のその後について、うれしいメールをいただいたので、ご本人のご同意の元、その一部を紹介させていただきます。
ミューズの夢の皆さんのこれからのご活躍に、今後も注目していきたいと思います。
仁科さん、ご連絡ありがとうございました♪
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■「コトリの森のオーケストラ」上映会

先週、宮城県立金成支援学校同窓会の皆さんが 「コトリの森のオーケストラ」を上映してくださったご様子です。主催者のお一人から、「皆さんに楽しんでいただけて、私もとっても嬉しかったです」とありがたいご感想をいただきました。
このアニメーションは、オーディオ部分が録音図書になっており、視覚障害を抱えるかたも、聴覚障害を抱えるかたも、皆で一緒に楽しめる内容となっています。動画内に登場するカラフルなコトリや自然風景は、このプロジェクトに参加した252名の子ども・若者たちによる作品です。
このような沢山の方々の思いと時間が詰まった動画の完成は、御助成いただいた皆様からの経済的支援にとどまらない、お心こもった応援なくして成す事ができませんでした。本当にありがとうございます。これからも学校、図書館、移動図書館、病院にて、絵本の寄贈や、アニメ付き録音図書の上映を行っていきたいと思います。
■「Kotori Project」のその後

今春Kotori Projectの アートディレクターを担当してくださっているデザイナーの田村奈穂さんが東北をお訪ねくださり、今度は「サカナのようふく」を子どもたちとデザインしました。
プロジェクトの総合アドバイスをしてくださっている宮城県立こども病院発達診療科の奈良隆寛先生も駆けつけてくださり、活動中の子どもたちのいきいきとしたご表情と、次々と発想豊かに生まれるイロ・カタチに感銘を受けていらっしゃいました。
■「Strings of Love」

「Strings of Love」では助成期間中にスタートした「はじめてのヴァイオリン」から11名の若きヴァイオリニストたちが、ぐんぐんご成長の芽をのばしていらっしゃいます。また、動画を公開してから、当会に弦楽器をご寄贈いただく機会が増えました。今年に入り、5台のヴァイオリンと、1台のチェロを拝受しました。これもひとえに、皆様のサポートのおかげです。 3年目のコロナ禍ではございますが、引き続き、仙台フィルハーモニー管弦楽団団員 長谷川基先生ご監修のもと、子どもたちがより質の高い音楽教育を継続可能なかたちで受けられて、本物の楽器に触れられる機会を増やしていきたいと思います。
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【事業基礎情報】
実行団体 | 認定特定非営利活動法人 ミューズの夢 |
事業名 | 緊急事態下における子ども及び若者による芸術創造活動の支援事業 副題:芸術教育のユニバーサルデザインとトラウマケアに関する取り組み |
活動対象地域 | 全国 |
資金分配団体 | 公益社団法人 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン |
採択助成事業 | 『社会的脆弱性の高い子どもの支援強化事業』 〈2020年新型コロナウイルス対応緊急支援助成〉 |
認定特定非営利活動法人 ミューズの夢(以下、ミューズの夢)は、ハンディの有無にかかわらず子どもたちに質の高い音楽とアートに触れる機会と、自由に表現できる環境をつくることを目指して活動してきました。コロナ禍で活動が制限され、子どもたちにも不安が広がるなか、「離れていても芸術に触れることができ、一緒に参加できる楽しいプロジェクトを」と、2020年度新型コロナウイルス対応緊急支援助成〈資金分配団体:公益社団法人 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(以下、セーブ・ザ・チルドレン)〉を活用した取り組みを進めています。芸術監督を務める仁科彩さんに伺いました。
不安な時期だからこそ、芸術に触れる機会を
20年前、宮城県仙台市で設立されたミューズの夢は、2つの事業を柱に活動に取り組んでいます。ひとつは、それぞれの子どもの発達とニーズに寄り添った音楽やアートのサポート教室の運営。もうひとつは、県内のこども病院や特別支援学校などを訪れて音楽療法士による授業を行ったり、音楽に触れる機会の少ない子どもたちへプロによるコンサートを届けたりする訪問事業です。
「サポート教室には、さまざまなハンディを抱えた子どもたちが多く通っています。設立当初から通っている生徒さんのなかには、その間に成人された方もいて、皆さんと一緒に成長してきた活動なのです。一人ひとりの個性に寄り添うことと、個性が育まれる環境を誰もが持てるように心がけることを、何よりミューズの夢では大事にしてきました」と話すのは、ミューズの夢の芸術監督を務める仁科彩さん。仁科さんは日本と北米を拠点にする作曲家であり、音楽講師としても活躍されています。

しかし、全国的なコロナ感染拡大によって、ミューズの夢の活動も大きな影響を受けました。2020年春は4ケ月間にわたりすべての活動を休止。一旦は教室を再開したものの、2021年8月に宮城県に緊急事態宣言が出た際も、再び教室を休止せざるを得ませんでした。これまで病院や事業所、特別支援学校などで年間90回近く行っていた訪問事業も、再開のめどが立たないままです。
「コロナのことを理解できていないお子さんも、テレビのニュースや家族の様子から何か大変なことが起きていることを感じています。そのような中、外に出られなくなり家に閉じこもるなど、震災のトラウマを思わせる行動を見せたお子さんもいたのです」
さらに、訪問事業で訪れていた長期入院中の子どもたちが、コロナ禍で面会や外出が制限されていると聞いた仁科さんたちは、こうしたストレスの強い状況に置かれている子どもたちの様子が気がかりだったと言います。
そこで、「コロナ禍だからこそ遠隔でも参加でき、これまでのように音楽とアートに触れられるプロジェクトが必要なのではないか」という思いから、2020年8月にセーブ・ザ・チルドレンが資金分配団体となって実施した新型コロナウイルス対応緊急支援助成「社会的脆弱性の高い子どもの支援強化事業」に申請。その後、審査を経て採択され2020年末から始めた取り組みのひとつが「Kotori Project(コトリ・プロジェクト)」でした。
子どもたちから届いた、個性溢れるコトリたち
「Kotori Project」には、その名の通りコトリ(小鳥)をモチーフにしたロゴマークが使われています。これはアートプログラム全体を監修する米国在住のデザイナー・田村奈穂さんによるデザイン。テーマカラーを決めるときは、田村さんとミューズの夢の生徒さんたちやこども病院の元患者さんが何度もやりとりをしながら一緒に考えました。

コトリの線画をプリントした紙を、こども病院や特別支援学校、発達支援事業所など19か所に配布して、「もしあなたがトリだったら、どんなお洋服を着たいですか?」とデザイン作品を募集したところ、252名から約500作品が届きました。
ミューズの夢の生徒さんたち、東日本大震災で大きな被害を受けたエリアにある放課後デイケアに通う子どもたち、入院中の子どもたちなどが参加しています。
「自宅や病院といった離れた場所からでも、子どもたち、ボランティアの若者、そして大人たちが『みんなで一緒に参加している感覚』をもてること。それが、プロジェクトを考えるときに一番意識したポイントでした」

作者の名前とともに作品をひとつずつ紹介するインスタグラム(SNS)ページには、さまざまな色や素材に彩られた小鳥たちがずらり! 大胆に塗られたカラフルな作品もあれば、布や木の枝を貼ったコラージュのような作品、また、真っ白な羽毛だけを使った現代アートのような作品もあり、その豊かな創造性にハッとさせられます。
「どれも発想が自由ですごいですよね。こんな素晴らしい作品が届くなんて、私たちも予想していませんでした。田村さんも『現代美術館に展示されていてもおかしくない!』と驚いたほどです」
仁科さんは、「この子の才能を評価していただいた事は初めてです」とある生徒さんのお母さんが嬉しそうな様子で話してくれたことも印象に残ったそうです。
「子どもたちは絵を描くことが楽しいだけでなく、お母さんが『すごいね、すごいね』と喜んでくれるので、その様子を見てさらに嬉しくなる。そして、また力作を描いてくれるんです」
インスタグラムのページでは、音楽に携わる世界中の中高生や大学生から募集したオリジナル音楽が流れる動画も紹介していて、東北の子どもたちが描くアートと海外の若者たちが作った音楽とのコラボレーションも生まれています。
絵本のユニバーサルデザインと「心のケア」
このKotori Projectはさらに発展し、現在では子どもたちから集まった作品で絵本をつくる取り組みも進んでいます。
「作品があまりに素晴らしいので展覧会をしたいという話が出たのですが、いまはコロナで難しい。そこで 絵本を作ろうということになったのです」
絵本のストーリーは音楽講師や音楽療法士によるオリジナルで、一羽のコトリのもとに楽しい仲間が集まってくるという内容です。弱視の子どもでも読みやすいようにデザインを工夫したり、発語療育に使われている言葉を文章に取り込んだり、音声でも楽しめるオーディオブックにするなど、「絵本のユニバーサルデザイン」を目指しています。
「どんな子どもも楽しめる絵本にしてほしいというのは、ミューズの夢の保護者の方たちからのリクエストでもありました。絵本が完成したら参加した子どもたちや子ども病院、特別支援学校などに配布予定です。この絵本を通じて、あとでコロナ禍を振り返ったときにつらかった体験だけでなく、楽しかった体験も思い出して自信にしてほしい」

さらに、ミューズの夢では子どもたちの「心のケア」に取り組む活動を開始。
「コロナ禍が子どもの東日本大震災のトラウマを引き起こすケースもあったという話を聞き、自然災害やコロナなどの緊急事態が起きたときに、子ども自身や周りにいる大人が読むことでトラウマケアにつながるような絵本の執筆を、臨床心理士であるUdeni Appuhamilage 先生に依頼したのです」
先ほどの子どもたちの作品を使った絵本は3歳から対象ですが、心のケアのための絵本は小学校中学年以上向け。Udeni先生によって英語で書かれた物語を、さまざまなボランティアさんの手で日本語をはじめ多言語に翻訳し、世界中どこからでもダウンロードできるようにする計画です。
「心のケアの絵本制作にあたっては、資金分配団体であるセーブ・ザ・チルドレンが開催する『子どものための心理的応急処置』というワークショップを受けたことが大きな参考になりました。子どもの権利に取り組んできたセーブ・ザ・チルドレンが伴走してくださることで、事業がより深まったと感じています」

事業を通じて感じた「子どもたちへの敬意」
ミューズの夢では、このほかにも助成事業の一環として、コロナ禍で訪問事業ができない代わりに音楽配信を行う「Strings of Love」などの取り組みも行っています。
仁科さんは、コロナ禍でも変わらない子どもたちの芸術に向かう熱意と誠実さ、そして周りを思いやる気持ちから、私たちが学ぶべきことがたくさんあるのではないかと話します。
「ハンディを抱えた子どもたちはサポートを受ける立場になることが多いのですが、実際にはどんな子どもも自分自身を立て直すだけの力を持っています。音楽やアートに触れて自分の表現を見つけることが、そうした『生きる力』につながります。私たちにできるのは、その機会を共に創り続けること。そして、生み出されたアートや音楽を世の中に発信していくことで、ハンディを抱えた子どもたちの教育や文化的な権利がもっと見直されてほしいと思っています」
■休眠預金活用事業に参画しての感想は?
今回、休眠預金活用事業として助成をいただいていることが信頼になって、県内の他団体とのネットワークづくりもスムーズに進めることができたと感じています。また、子どもの権利に取り組んできたセーブ・ザ・チルドレンには資金分配団体として伴走していただき、的確なアドバイスをいただきながら事業を進めてきました。何より「一緒に子どもたちのいる環境をよくしましょう!」といつも仰ってくださることが嬉しく、セーブ・ザ・チルドレンとミューズの夢の相乗効果で、Kotori Projectを展開することができたのだと思っています。(仁科さん)
■資金分配団体POからのメッセージ
ミューズの夢のみなさんは、「どんな障害や病気があっても、すべての子どもに芸術を楽しむ権利がある」と熱意をもって今回の事業に取り組んでくださっており、かつ大きな成果もあげています。今回は新型コロナウイルス感染症流行下での緊急助成事業でしたが、社会から周縁化されてしまっている子どもたちに芸術面での支援や機会が必要だということを、これから広く日本社会に伝えていくきっかけになる大事な取り組みだと思っています。(公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 鳥塚さん)
取材・執筆:中村未絵
【事業基礎情報】
実行団体 | 認定特定非営利活動法人 ミューズの夢 |
事業名 | 緊急事態下における子ども及び若者による芸術創造活動の支援事業 副題:芸術教育のユニバーサルデザインとトラウマケアに関する取り組み |
活動対象地域 | 全国 |
資金分配団体 | 公益社団法人 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン |
採択助成事業 | 『社会的脆弱性の高い子どもの支援強化事業』 〈2020年新型コロナウイルス対応緊急支援助成〉 |