保見団地は小高い丘陵地帯に広がるマンモス団地。一時期は10,000人を超える住民を擁していたそうですが、他地域の団地と同様に住民の減少と高齢化が進んでいます。一方、1980年代後半から近隣の自動車製造企業等の企業に働きに来たにブラジルやペルー等の人々の入居率が高まってきています。その中で生じたのが、日本人と外国人との間で起こる、言葉や文化・習慣の違いからのさまざまな問題です。その1つ1つの問題の解決めざし、日本人も外国人もそこに暮らす者同士として共生し、保見団地を“多文化多様性が輝く場”にするために立ち上がった休眠預金を活用した事業『保見団地プロジェクト』(資金分配団体:一般財団法人中部圏地域創造ファンド)を取材しました。”
住民の7~8割が外国人という環境
広場に設えられた屋台式のカフェのそばで、おしゃべりを楽しんでいる数人の外国人であろう若者たち。彼らに「銀行に行こうと思ったら、コーヒーの香りがしたから来ちゃった」と気軽に話しかける、白い割烹着を着た日本人女性。この光景が繰り広げられているのは、愛知県豊田市の北西部にある保見団地です。土曜日の午後の一コマであるそんな光景にも、この場が秘めている多様性の楽しさを感じます。
保見団地は豊田市の北西側に位置するマンモス団地。一戸建て住宅の保見緑苑自治区、UR 都市再生機構の公団保見ケ丘自治区、保見ケ丘六区自治区、県営住宅の県営保見自治区の 4 つの住民組織があり、通称「保見団地」と呼ばれています。保見団地の居住者の半数はブラジルの方々です。さらに県営住宅では、800世帯入居するなか住民は約2,000人で、その7割がブラジル人の方々です。その他にペルー人、中国人、ベトナム人なども暮らしていますが、ブラジル人は87%を占めています。
こうした中で、言葉・生活習慣や文化の違いから、さまざまな問題が起こってきました。例えば、ゴミを収集日以外の日にゴミ捨て場に出してしまう、ルール通りの分別をしていない、夜間に騒音をたてる人がいる等です。
2020年12月に保見団地プロジェクトが実施した調査では、生活で困っていることとして外国人では「近所付き合いが少ない」、日本人では「規則を守らない」ということが1位に上がりました。さらに日本人の生活で困ったことを見ると、「言葉が通じない」「習慣の違い」が続きました。

取材日、お話を伺った県営保見自治区で副区長を務める藤田パウロさんは言います。
「外国人がマナーを守らないということがあります。確かに、守らない人もいます。でも、反対に日本人が暮らしのマナーを彼らに伝える努力を充分にしてきたのでしょうか? 外国人と日本人がともに暮らしていくためには、互いの考えや習慣を知って、理解し合うことが大切です。なかなか伝わらないから、あきらめるのではなく、たとえ一人であっても伝えれば、そのうち一人が二人。二人が三人にと増え、それが重なっていけば外国人も日本のマナーも理解して暮らせるようになるのだと思います」と。
さまざまな壁はあるとしても、互いに互いの文化・習慣を理解しようとしながら関係を築いていくことで解決への道筋がある。そのことに気づき、行動しようとした人たちがつながり、保見団地プロジェクトははじまっていったのです。
事業のきっかけとなった、「HOMIアートプロジェクト」
保見団地では、前述のように言葉・生活習慣や文化の違いから、さまざまな問題が生まれていました。愛知県県営住宅自治会連絡協議会や、県営保見自治区の方々がその解決に向けて議論を進め試行錯誤してきましたが、団地の住民を一斉に集めて交流をはかっていく試みは、あまり成功したことがありませんでした。
そのような中、地域の外国籍の子どもたちに学習支援で関わっていたNPO法人トルシーダが、アートの力で、より豊かな団地をつくろうと2019年に「HOMIアートプロジェクト」を始めました。
このプロジェクトは、子どもから大人まで国籍に関係なく、団地の外国人を中心とした住民と アートを通して言葉を超えた交流の機会をつくるものです。プロジェクトには、アーティストのほか、中京大学、外国人との共生を考える会もメンバーも加わりました。

プロジェクトの集大成は、2020年3月に実施された壁面アート制作です。 場所は団地の憩いの場として設けられていたスペース。円形のベンチが設置され、床にはタイルが敷き詰められたそのスペースは、アートプロジェクトに取り掛かる以前は落書きで白い壁は汚され「憩い」とはほど遠い状況でした。
しかし、その場所が子どもたちやアーティストたちの手によって美しい壁画に変わったのです。壁画を一つ一つ丁寧に見ていくと、テレビなどで見かけるタレントや団地内で見かける人の顔を見つけることができます。また名刹の庭に見るような枝ぶりの松や風神雷神のような獅子、楽園に集う人々など、それぞれに表情豊かな絵が描かれました。

トルシーダのワークショップなどを通してアートに触れ、表情豊かに生まれ変わった壁を目にし、子どもたちは、隣接する23棟・24棟にも壁画を描く愛知県立大学の学生による活動にも、目を輝かせて参加したということです。
「やっぱりきれいになると嬉しくて、次は自分たちが住むところもキレイにしたくなるんです」と語る県営保見自治区で区長を務める木村友彦さんも、アートが生み出す力を感じたといいます。

トルシーダによる「HOMIアートプロジェクト」は、言葉が通じなくてもきっかけとつながりがあれば、住民たちが課題解決にむけて協力しあうことができることを示した、象徴的な取り組み。また、この活動を通じて、保見団地で活動する複数団体の分野横断的な協働も始まりました。
その一つが、中京大学の教員・学生との連携です。中京大学と保見団地は近い場所にあります。2019 年度秋学期に現代社会学部で実施された「国際理解教育Ⅱ」という科目で取り組んだ内閣府・豊田市・中京大学の3 者連携による規制緩和事業で、履修者たちが取りまとめた「多文化共生」に関しての提言を背景に、当時現代社会学部で教鞭をとっていた斉藤尚文さんのもと、学生たちがプロジェクトに参加したことで連携が実現しました。
「HOMIアートプロジェクト」は、住民の心の変化を呼び起こすきっかけであるとともに、「保見団地プロジェクト」のきっかけにもなったのです。
5つの団体と休眠預金を活用し具現化した『保見団地プロジェクト』
「HOMIアートプロジェクト」から生まれた保見団地の課題を解決していく「きっかけ」ですが、さらに取り組みを拡げていくためには、多くの人の協力と資金が必要になります。
ちょうどこのとき中部圏地域創造ファンドが、タイミングよく休眠預金を活用して市民活動への助成を行う「NPOによる協働・連携構築事業」を公募していることがわかりました。その公募要領には、チームを組んで申請することとあります。そこでトルシーダ、県営保見自治区、保見プロジェクト(中京大学)、外国人の共生を考える会、愛知県県営住宅自治会連絡協議会の5団体が「保見団地プロジェクト」としてチームを組んで申請し、審査に臨みました。そして、みごと採択され具体的な活動が始まったのです。
この「チームを組んで」という条件について、資金分配団体である中部圏地域創造ファンドの大西光夫さんに聞きました。
「地域で課題解決に取り組む団体にはさまざまに強みを持った団体があります。団体がそれぞれに自律した活動を展開しながら、さらに協働して取り組みを進めていくことができれば、団体が単体で活動するよりも、大きな成果を得ることができます。それは支援を受ける側にとっていいことです。加えて、協働して取り組むことで助成終了後にも持続する関係が作れるのだと考えています。保見団地においても、様々な立場の組織が助け合いのコミュニティづくりに取り組むことで、地域が抱える多様な課題を解決していけるのではないかと考えました。」
こうして生まれたのが、保見団地を「住みやすく、きれいに、楽しい場所」にするために、「ゴミ」「子育て」「高齢者」「アート」「防災」「団地自治」等の多角的なテーマに取り組む「保見団地プロジェクト」です。
このプロジェクトを構成する団体とその役割は次の図の通りです。

これに加えて、中京大学の学生としてトルシーダの活動等に参加していた吉村迅翔さんが代表を務める「JUNTOS(じゅんとす)」という団体が、中京大学の保見プロジェクトと連携し活動を展開しています。外国にルーツを持つ方々に語学学習や交流の場を提供し、さまざまな面で選択肢を広げることを目指しています。いまでは保見団地プロジェクトにおいて、欠かせない存在となっています。
活動のポイントは「一緒に過ごす時間を長く作る」こと
それぞれの団体が担う役割や思いは異なり、様々な活動が展開されました。主な活動は以下の通りです。
活動内容 |
▶子ども食堂、高齢者サロン等による集会所を拠点とした交流の促進 ▶集会所・アートプロジェクトの空間・公園等を活用した自主的な交流活動の進展 ▶生活課題を抱える人に対する食糧配布等の支援、出前型支援、相談体制の充実 ▶外国にルーツを持つ子どもの教育支援、地域活動参加の促進 ▶自主サークル、防災活動、コミュニティビジネスを通じた外国人住民の自治活動の促進 ▶ルール違反のごみ問題に対する住民参加型のごみ回収、ルールの啓発 ▶生活や自治活動に関わる情報を住民に届ける多言語情報発信 |
活動トピックス1:移動式公民館 |

活動トピック2:自治区と中京大が協働したゴミに関わる取り組み 自治区で行う清掃活動に中京大生がお手伝いを行う他、ゴミ出しについての多言語放送、分別ルールの動画づくり、ルール違反のゴミ観察を行って防止用の照明を設置する取り組みなど、チーム団体間で力を合わせることで、今までとは異なるアプローチ・工夫が可能になりました。結果、より多くの住民がゴミ問題を意識するようになってきています。 |

しかし、プロジェクトを進めるなかには、同じように考え、足並みをそろえながらの作業が求められる場合もあるはず。そんな場合の難しさはなかったのでしょうか。
「もちろんありましたよ!一例をあげると、2020年に行った団地住民へのアンケートの時のことです。そこで最も付き合いが長く理解し合っていたはずのトルシーダと私がぶつかったのです」と斉藤さん。
その衝突はアンケート発送間際に発覚したミスの対応だったそう。この件は、話し合いをしたものの、結局、折衷案を見つけられずに、トルシーダがその対応を行ったとのこと。様々な活動を進める中では、実際に保見団地の住民を代表してまとめる立場である人と、斉藤さんたち実行団体のメンバーのように外部から入ってきた人たちの間にも、時には思いの違いから折り合いがつかない場面もあったといいます。それらをうまく乗り越えるためのコツを、斉藤さんは次のように教えてくれました。
「最大のポイントは、相手と一緒に過ごす時間を長く作ることです。何気ないやり取り、雑談を重ねる中で、お互いに気心が知れる関係を築くことができます。」

一方で、住民代表である県営保見自治区自治区 区長の木村さんは、ぶつかり合うことにも前向きです。 「居住者のなかには、外部からさまざまな人たちが入ってきて活動することを反対する人もいます。でも、私は斉藤さんをはじめとした皆さんは県営住宅をよりよくしようとの思いから、さまざまなことに取り組んでくれていることがわかっています。だから大賛成!多少、ルールの壁があったとしても、よりよくなればいいのです。」
多様な人とのつながりの中で活動を実施するためには、衝突を避けることができません。互いの主張が違うのは当たり前。多様性への理解が、活動を前へと進めているのです。
保見団地プロジェクトを支える手
チーム団体以外にも、保見団地プロジェクトの連携は広がっています。例えば、保見団地内には介護・ホームヘルプ事業等を担う「ケアセンターほみ」。ここは、訪問ホームヘルプ、障がい児デイサービス、障がい者の訪問サービス等を行っていて、県営保見自治区で副区長の藤田さんやJUNTOSの吉村さんも児童指導員として勤務しています。センターは、土曜日はJUNTOSの学習支援の場として一般の子どもたちに開放され、子どもたちは宿題をしたり、おしゃべりをしたり、遊んだりして過ごします。
実は、JUNTOSは学習支援を集会所で行っていたのがコロナ禍で使えなくなってしまいました。それを知った「ケアセンターほみ」を運営する上江洲恵子さんが、ケアセンターを使ってもよいとの声を掛けてくれたのです。今は、毎週金曜日にトルシーダと保見プロジェクトで行うフードパントリー・子ども食堂でも、センターの軒下を使わせていただいています。
県営保見自治区 副区長の藤田さんは、ケアセンターほみに関わる中で、気づきがあったといいます。「日本人と外国人には言葉の壁があると言います。でも、わたしは障害をもつ子との関わりを通して、それは関係ないと感じているのです。言葉を話すことができない子は、全身を使って私や上江洲さんに会えた喜びや要求を伝えてきます。言葉がなくても、しっかり私たちに伝わってくるのです。言葉よりも日々を共に過ごすことの積み重ねが、何よりも大切です。これはよりよい保見団地を考えていく上でも、大切な視点だと感じています。」と話してくれました。
「ケアセンターほみ」が単なるケアセンターとしてだけではなく、団地内の人々と保見団地プロジェクトの実行団体やその活動、そして心をつなぐハブセンターになっています。
保見団地プロジェクトは、このように「ケアセンターほみ」に代表される様々な支え手にも恵まれながら、着実に前に進んでいるのです。

活動のビジョンづくりは住民主体で
保見団地プロジェクトを実施中に、新たな出会いがありました。建築家の筒井伸さんです。筒井さんはコロナ禍以前は南米の都市や建築・文化に関する調査や建築設計を主に活動としていましたが、コロナ禍でそれが難しくなり、そこで、学生時代の友人が住んでいた保見団地なら南米に関する活動ができるのではないか、との思いから保見団地プロジェクトのメンバーとなりました。トルシーダが行う移動式公民館やアートプロジェクト(=プラゴミにアイロンを使ってバッグをつくるワークショップ)に参画。現在では、「保見団地プロジェクト」が取り組む保見団地の将来ビジョンを検討する会議のファシリテーターとして関わっています。
筒井さんは、保見団地プロジェクトのビジョンづくりの特徴を次のように話します。
「一般的にまちづくりのビジョン作成は、アンケート調査やマーケティング調査などを行って、その結果を基にまとめるといった作られ方が多いと思います。しかし、保見団地の場合は違います。ワークショップを開くなどして住民の方の意見を聞き、地域の方々がどんな場所を作りたいかといった思いを聴きだし、それを我々が形にします。ですから、もし地域の方々の気持ちが変われば、その段階でビジョンも更新するといった方法です。住民の皆さんの声を聞き入れTrial and error を重ねながら希望のかたちを作り上げていきます」
ワークショップは計4回開催。大人も子どもも外国人も日本人も、様々な人が参加し、だんだんとビジョンが形作られていきました。

こうして2023年2月には、「保見団地将来ビジョンブック」が完成しました。
この中には、「保見団地の歴史」や「将来ビジョン策定のプロセス」などが掲載されているとともに、ワークショップを通じて参加者が体感した多様な価値観を、さらに拡大し未来につなげていこうという思いのもと生まれた、将来ビジョンのコンセプト「保見21世紀のユートピア」というキャッチフレーズや、そのイメージ図なども掲載されています。

2023年3月で休眠預金活用事業の「保見団地プロジェクト」は終了となりましたが、4月以降は「保見団地センター」という名称で活動を引き続き展開していく計画です。
「保見団地プロジェクト」から生まれた様々なつながりを背景に「保見団地センター」は、「将来ビジョン」の実現に向けて、これからも一歩一歩、歩んでいきます。
【事業基礎情報】
実行団体 | <保見団地プロジェクト:チーム構成団体> |
事業名 | 日本社会における在留外国人が抱える課題解決への支援と多文化共生 |
活動対象地域 | 愛知県 |
資金分配団体 | 一般財団法人中部圏地域創造ファンド |
採択助成事業 | <2019年度通常枠>NPOによる協働・連携構築事業副題 :寄り添い型包括的支援で困難な課題にチャレンジ!創造性を応援! |
パブリックリソース財団は、休眠預金等活用事業の中ではまだ珍しい「組織基盤強化」に対して、資金分配団体として支援を行いました。
活動の概要
一般社団法人えんがおは、地域の高齢者や精神・知的障がいを抱えた人、若者などが一緒に集える場づくりをとおして、多様な世代間交流を促進し、孤立の予防と解消に取り組んでいます。活動拠点は栃木県大田原市です。
具体的には、中高生や大学生の勉強場所、高齢者が集う地域サロン、障がい者グループホームなどを全て徒歩圏内に開設し、日常的な交流を意識的に促すことで、コロナ禍でより一層深刻になった孤立対策を進めています。
2021年度に休眠預金を活用し、新たに精神・知的障がい者向けグループホームの男性棟を開設。既存の女性棟の入居者とともに、入居者が日常的に地域と関わりながら生活することが可能となるよう、専門スタッフによるサポートを行いました。
活動スナップ
撮影に同行したJANPIA職員のレポート
車窓から目に入る景色が彩り豊かな季節、一般社団法人えんがおの地域サロンを訪問。ガラスの引き戸をあけると「どうぞ、いらっしゃーい」と、ふたりのおばあちゃんが暖かく迎えてくれました。
もともと酒屋だった2階建ての家屋の1階がサロンとして、2階が中高生・大学生の勉強場所として、地域に開放されています。この日は、近所で暮らしているおばあちゃんたちがお茶をしながら、不登校の中学生や通信制高校に通う高校生、大学生がえんがおのスタッフとおしゃべりしていました。

えんがおでは、高齢者のお困りごとに対応する「生活サポート事業」も行っています。高齢のひとり暮らしが多いため、「電球を交換してほしい」「寒くなってきたから毛布をもう一枚追加したいんだけど、押し入れの奥から出せない」といった依頼が寄せられ、そのサポートをしているのです。
訪問した日も「庭木の植え替えを手伝ってほしい」という依頼があり、スタッフや学生ボランティアがスコップを抱えて出かけていきました。
このように行政の制度からこぼれ落ちるニーズへ対応しながら、つながりが希薄になりがちな高齢者に生活の安心感や社会とのつながりを提供しています。

えんがお代表の濱野さんにお話を伺うと、特にコロナ禍によって高齢者と地域との分断が進んだと感じている、と聞かせてくれました。家に閉じこもりがちになり、認知症が進んだ事例も少なくないそうです。 そんな課題を抱える地域で濱野さんは、えんがおの活動を通じてつくりたい景色があります。
「行政の制度では、どうしても『高齢者』『子ども』『障がい者』などと対象ごとに事業や予算が区切られてしまいます。でもそうやって区切るのではなく、高齢者も子どもも障がい者もみんなが毎日一緒に過ごして『ごちゃまぜな景色』が地域の日常になっている。その状態をえんがおの活動で目指しています」
実際にえんがおでは、すでに「ごちゃませな景色」がうまれていました。お茶飲みをしているおばあちゃんたちがいて、そこに小さい子どもを連れたお母さんが立ち寄る。午後になれば、学校が終わった中高生が宿題をしに来て、仕事を終えた知的障がいのある人がその日の仕事について話をし、大学生がそれに応える、といった日常があります。
精神・知的障がいのある人が地域に関わることのハードルは高いと言われていますが、えんがおでは自然に溶け込み、おじいちゃんおばあちゃんの手伝いをしたり、えんがおのペットの世話をしたりと、それぞれの役割を担っています。
このように精神・知的障がいのあるグループホーム入居者がサロンに溶け込めるようになるまでに、えんがおスタッフの約半年間にわたる丁寧なサポートがありました。グループホーム入居後に生活を軌道に乗せるお手伝いをしたり、高齢者や若者たちの輪の中に入っていけるように声がけや橋渡しをしたりと、意識的に地域の人々とのつながりが生まれるように働きかけをしてきたのです。
今後は、サロンの向かい側に学童保育の施設をオープンする予定もあります。えんがおはこれからも地域の困りごとに寄り添い、一緒に解決策を考え、実践していくとのことです。
【事業基礎情報】
実行団体 | 一般社団法人 えんがお |
事業名 | コロナ禍で分断されたつながりの再構築事業 |
活動対象地域 | 栃木県 |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人 とちぎボランティアネットワーク |
採択助成事業 | とちぎ新型コロナウイルス対応緊急助成事業 |
今回の活動スナップは、特定非営利活動法人芸術家と子どもたち(資金分配団体:特定非営利活動法人 まちぽっと)。休眠預金活用シンポジウム(2022年5月開催)で放映した「休眠預金活用事業紹介ムービー」の制作にご協力いただきました。シンポジウム用の動画ではご紹介できなかった動画を再編集し、撮影に同行したJANPIA職員のレポート共に紹介します。””
活動の概要
芸術家と子どもたちは、東京都豊島区を拠点に、現代アーティストと子どもが出会う「場づくり」を行っているNPO法人です。アーティストが小中学校や児童養護施設、特別支援学級などへ出かけていき、ダンスや演劇、音楽などのアートに関するワークショップを実施することで、多様な子どもたちに文化的な体験を提供してきました。
2020年からは3か年計画で休眠預金を活用し、母子生活支援施設や子ども食堂に通う子どもたち、外国にルーツを持つ子どもたちなどを対象にした活動をスタート。音楽や演劇、ダンスなどを用いて、自己表現力や自己肯定感、コミュニケーション能力を育んでいます。
活動スナップ
撮影に同行したJANPIA職員のレポート

堤康彦さん、撮影の様子。撮影はZAN FILMSの本山さん、もろこしさん。
「アーティストはモノの見方が新しくおもしろい。そういったアーティストの専門性やクリエイティビティと、子どもが出会うことで、どんな化学反応が起きるのかワクワクしませんか」
『芸術家と子どもたち』の代表を務める堤康彦さんが、活動を始めたきっかけを紹介してくれました。例えば、学校の授業では学習が難しく、突飛な行動をしてしまう子どもが、アーティスト・ワークショップではおもしろいアイデアを出して生き生きとリーダーシップを発揮するケース。正解や間違いがなく、おもしろがったり褒めあったりすることで「みんなが認め合える場」として、アーティスト・ワークショップを子どもに届けています。
一方で、活動の根幹には強い課題意識があります。日本社会、特に東京のような都市部で暮らす子どもは、日々の生活に困難さを感じているのではないか。子どもにとって大切な「体験する機会」が奪われていないか。コロナ禍で、貧困家庭やひとり親家庭の子どもはどう過ごしているのか。
『芸術家と子どもたち』がアーティスト・ワークショップを重視している理由は、子どものときから自分を素直に出して人とコミュニケーションをする体験が、とても有効だと考えているからです。自己肯定感が低くて自信を持てないことは、他者との関係構築が難しくなるなど、人間関係にさまざまな弊害をもたらすため、子どものときにありのままの自分を認める体験を届けようとしています。
休眠預金を活用し、資金分配団体である『まちぽっと』の伴走支援を受けて活動を進めるなかで、豊島区内の団体でのコラボレーションが実現しました。同じ豊島区で、子ども食堂や遊び場を運営する『豊島子どもWAKUWAKUネットワーク』との連携が実現し、食堂に集まる子どもを対象に演劇のワークショップを定期的に行っています。
この連携によって活動の幅が拡がっただけでなく、とても大切な気づきがあったと事務局長の中西麻友さんが教えてくれました。

中西麻友さん、撮影の様子。
「今までは児童養護施設などの既存施設にいる子どもを対象に活動してきましたが、今回活動してみたことで、その入所対象からは外れてしまうものの、困難な状況にいる子どもがいることを知りました。そういう子どもの存在は見えにくく、制度に置き去りにされています。彼らに対して私たちが何かできることはないか、と考え始めました」
この問題意識をもとに、福祉の現場で活動する団体との連携をさらに進め、母子生活支援施設※の子どもに向けたワークショップも開始しました。
※生活上のさまざまな課題を抱え、子どもの養育に困難を抱える母子世帯の生活と自立を支援する児童福祉施設。
ワークショップの最後に行う発表会には、地域の大人も招待しています。地域の人が見守っていてくれて、褒めてもらえると、子どもは「自分は見てもらえている」という実感を得ることになるからです。
「人とつながる経験は子どもの心に残って財産になり、成長して壁にぶつかったとしても、前向きな原動力になると信じています」
中西さんが力強く話してくれた言葉が、とても印象に残りました。
【事業基礎情報】
実行団体 | 特定非営利活動法人芸術家と子どもたち |
事業名 | プロの芸術家による表現ワークショップを通じた当事者の交流及び共同創作事業 |
活動対象地域 | 東京都 |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人 まちぽっと |
採択助成事業 | 市民社会強化活動支援事業 〈2019年度通常枠〉 |
一般社団法人Kids Code Clubは、「子どもへのテクノロジー学習の支援を通じて、子どもたちが笑顔で希望を持って生きていける社会をつくる」というビジョンを掲げて活動しています。コロナ禍で、子どもたちが遊び・学び・交流する機会が激減する中、2020年度新型コロナウイルス対応緊急支援助成(資金分配団体:一般社団法人SINKa)を活用し、「生きる力を育む子どもの居場所づくり事業」に取り組まれた同団体の代表理事・石川麻衣子さんに話を伺いました。
自身の経験から「全ての子が学べる環境づくり」を志す
Kids Code Clubは、2016年から福岡を拠点として、プログラミング学習の機会を小中学生の子どもたちに無料で提供する活動を行っています。
「私たちの目的は、プログラミングのスキルをただ身につけてもらうことではありません。あくまでもプログラミング学習は手段であって、それを通して子どもの生きる力を育み、居場所をつくりたいと思っているのです」と石川さん。その思いは、ご自身の原体験から生まれています。

石川さんはいわゆる貧困世帯で生まれ育ち、学費を払えずに九州大学を中退。「ひとり暮らしで日雇いバイトを続ける毎日。月給の仕事に就きたくても数日先のお金に困る状態で、生活はどん底でした」と当時を振り返ります。そんな中、友人から古いパソコンをもらい、ウェブサイトを作る方法を独学で懸命にマスターし、2008年に28歳でウェブの制作会社を立ち上げました。
2015年、貧困であるがゆえに子どもが命を落とすという悲惨な事件が千葉で起こり、連日報道されました。この事件に、母親になっていた石川さんは大きなショックを受けたといいます。
「私は生きる力を身につけて、貧困からどうにか生活を立て直しました。自分にできることがないかと考え、ちょうどその頃に注目され始めたプログラミング教育に着目して、どんな子でもプログラミングを学べる環境をつくろうと決意しました。」
海外とつなぐイベントやクラブを無料で開催
2016年、小中学生を対象として、プログラミングを体験できる無料のイベントをスタート。本業の傍ら、石川さんの思いに賛同したボランティアの人たちと一緒に、できる範囲で活動していました。
そのうち、シアトルのNPOから声がかかり、日本とシアトルをネット中継でつなぎ、現地の名だたるIT企業に勤める日本人エンジニアなどから学ぶ「英語で学ぶコンピュータ・サイエンス」プロジェクトも開始。当時、インターネットを介して授業を受けるスタイルは珍しく、先進的でした。
そして2020年、日本でコロナ感染症が拡大し、4月に全国一斉休校になりました。子どもが学ぶ機会や交流する場、居場所がなくなり、孤立してしまうことに危機感を抱いた石川さんは、「放課後プログラミングクラブ」を立ち上げました。毎週火曜と金曜の17:00~18:00、小中学生がオンラインで集まってプログラミングで作品づくりに取り組むクラブです。
「コロナ禍で休校が増えて、『子どもがずっと家にいて友達と遊べないので、どうにかしたい』と登録する親子がどんどん増えていきました」。
2020年11月からこれまで128回開催し、会員311人、参加者はのべ2307人にのぼります(2022年1月末現在)。

放課後プログラミングクラブでは、子どもたちがゲームやアニメなどの作品づくりに、自分のペースで取り組んでいます。バーチャル空間を会場として、分からないことはスタッフや子ども同士でサポート。活動を通して、子どもに変化も生まれてきたそうです。
「クラブに参加するのは元気な子やシャイな子、不登校や病気の子など、たくさんいます。最初はパソコンのカメラもマイクもオフにして、人がいない端っこにいた子が、何度か参加するうちに人の輪に近づいて、マイクをオンにして話し出すこともあります。いろんな背景を持つ子どもたちが、自分のペースで成長していると実感しています。子どもの居場所づくりは一朝一夕にはできなくて、継続していることで確実に変化が生まれています。」
他にもLINEでメッセージを送っても最初は無反応だった保護者から返信が来て「ありがとう。」と言われたり、ITは分からないと拒絶していた保護者が興味を持つケースもありました。
「オンラインでも、人と人がコミュニケーションを取り続けることは、すごく力があるんですよね。」と手応えを語ってくださいました。
コロナ禍でも、オンラインで成長できる居場所に
2021年には、SINKaが資金分配団体となって実施した新型コロナウイルス対応緊急支援助成に実行団体として採択されて、「生きる力を育む子どもの居場所づくり事業」として活動を実施しました。
「Kids Code Clubの活動は全て無料で、講師やスタッフは全員プロボノ。大学や企業、行政、NPOの皆さんから会場や設備を提供いただき、支えてもらっています。本業の傍ら手弁当でやってきて、ファンドレイジングに力を入れる余裕がありませんでした。でも、背中を押してくれる人たちがいて、今回、SINKaさんの公募にチャレンジして、本当に良かったと思っています。」
応募に際しては、自分たちの強みを知るため、活動に参加する保護者など40人にヒアリングを行い、事業計画を練り上げました。
「話を聞いてみると『クラブが毎回楽しみで、パソコンの前で正座して待っている』とか、子どもたちの居場所になっていること、いきいきと楽しく成長するきっかけになっていることがよく分かりました。私たちは子どもが楽しむことを第一にして、おまけとして21世紀型スキルや自己肯定感、創造力、ITリテラシーなどがついてくると考えています。その思いが少しずつ形になっていると思えました」

たくさんの方にご支援頂きながら、親子に多様でグローバルなIT体験・プログラミング学習の機会と、孤立を防ぐ居場所を展開。事業期間を通じて、福岡エリアで約300世帯、全国で約600世帯、のべ2,500名以上に提供し、コロナ禍の孤立と心の貧困の解消に尽力してきました。
主な活動と参加者数の実績は以下のとおりです。
主な活動と参加者数の実績
- 放課後プログラミングクラブ 78回開催 のべ1850名参加
- 英語でまなぶコンピュータ・サイエンス 13回開催 のべ370名参加
- 親子で1分間プログラミング 21回開催 のべ300名参加
- プログラミング学習サイトの運営 利用者数22万人(UU)
- 子ども作品サイトの構築(会員のみ利用可)
- PC操作やプログラミング学習に関するチャット相談受付 やりとり数1,000件以上
子どもの力を信じ、みんなで社会を変えていきたい
そして、Kids Code Clubは、次に向けて動き出しています。
「もともとパソコン環境がない子どもにも参加してほしいという思いがありました。今回の事業で自分たちの活動は意義があると自信を持てたので、次に2021年度新型コロナウイルス対応緊急支援助成(資金分配団体:READYFOR株式会社・特定非営利活動法人 キッズドア)の実行団体へ採択いただき、パソコンとWi-Fi30セットを無料貸与できました。他の団体さんと連携して、丁寧に研修した上で貸し出し、放課後クラブに入ってもらってサポートしています。」
石川さんには、さらなる夢があります。それは「お金がなくても子どもたちが学べる仕組みをつくる」こと。
「今はお金を払って大人に教えてもらうことが基本になっていて、お金がなければ教育を受けられません。子どもが支援を受けるだけでなく、子どもが誰かに教えられる仕組みができれば、少し光が見えてくると思っています。」
そこで、放課後クラブに「キッズTA(ティーチング・アシスタント)」制度を導入。プログラミング初心者をサポートしてくれる小中学生を募集したところ、予想以上に18人が集まりました。

「放課後クラブは大人がつきっきりで教えるのではなく、子ども同士でも教え合うコミュニティになっています。それが世界に広がれば、どんな家庭環境の子でも学べる社会になるはず。そんな夢に向けて、小さな一歩を踏み出したところです。支援や参加をしてくださる皆さんのおかげでチャレンジできることに深く感謝していますし、必ず成果をあげたいと思っています。
子どもが子どもに教えられるのか疑問に思われるかもしれません。でも、きっとできると大人が信じて任せることで、今まで変わらなかったものが少しずつ変わっていくのではないでしょうか。私たちは子どもたちの力を信じて、子どもの力を原動力に、みんなで社会を変えていきたいと考えています。」と力強く語ってくださいました。
■休眠預金活用事業に参画しての感想は?
コロナの影響で本業の仕事が減る中、ボランティアで続けていくことは精神的にも厳しい状況になっていました。応募するにあたって自分たち団体の強みを徹底的に洗い出せたこと、採択という形で活動を認めてもらえたことをとてもうれしく思っています。そして、SINKaさんには先を見据えた伴走支援をしていただき、感謝しています。この実績をきっかけとして活動を広げていきたいです。(石川さん)
■資金分配団体POからのメッセージ
Kids Code Clubさんは「お金がなくても教育が受けられる社会をつくる」という壮大なビジョンに向かわれていて、私たちも一緒に向かっていきたいと思っています。いい成功事例として、ぜひどんどん表に出てほしいです。(SINKa 濱砂さん)
石川さんとは棚卸と評価についてよく話をしました。とても努力家で、しっかり考えて行動されています。大きく羽ばたかれるように応援していきたいです。(SINKa 外山さん)
【事業基礎情報I】
実行団体 | 一般社団法人Kids Code Club |
事業名 | 生きる力を育む子どもの居場所づくり事業 |
活動対象地域 | 福岡県 |
資金分配団体 | 一般社団法人 SINKa |
採択助成事業 | 福岡子ども若者、困窮者応援笑顔創造事業 |
【事業基礎情報II】
実行団体 | 一般社団法人Kids Code Club |
事業名 | 生きる力を育む子どもの居場所・体験事業 |
活動対象地域 | 福岡県・全国 |
資金分配団体 | READYFOR株式会社 (コンソーシアム構成団体:特定非営利活動法人 キッズドア) |
採択助成事業 | 深刻化する「コロナ学習格差」緊急支援事業 |
コロナ禍による失職や減収などの影響で、ひとり親世帯や若者など、さまざまな人たちに困窮が広がっています。そうしたなか、特定非営利活動法人eワーク愛媛(以下、eワーク愛媛)が従来からのフードバンク事業をベースにして始めたのは、必要なときに必要な食料品・日用品を無料で受け取れる「コミュニティパントリー」の拠点でした。さらに、困難を抱えた若者がコロナ禍で孤立したり、自立の機会を失ったりすることのないよう、居場所づくりや就労支援にも力を入れています。これらの活動を始めた背景について、eワーク愛媛・理事長の難波江任(なばえ・つとむ)さんに伺いました。
困窮が広がるなかでの「コミュニティパントリー」
愛媛県新居浜市にあるeワーク愛媛の事務所、その一角にはお米や保存食品、調味料やお菓子、日用品がずらり。ここに来た人は、買い物かごを持って思い思いに品物を選んでいきます。
小さな商店のようですが、これらはすべて無料提供。eワーク愛媛が、ひとり親世帯やコロナ禍で生活が苦しくなった人たちを対象に運営する「地域無料スーパーマーケット(コミュニティパントリー)」です。
一般社団法人全国コミュニティ財団協会が資金分配団体となって実施した「新型コロナウイルス対応緊急支援助成」を受けて、2020年12月末からコミュニティパントリーの事業を始めました。

この活動を始めた背景について、運営母体のeワーク愛媛で理事長を務める難波江任さんは、「コロナ禍で、シングルマザーの人たちなどを中心に、収入が減って生活が苦しくなったという話を耳にするようになったんです」と話します。
eワーク愛媛では、コミュニティパントリーの活動に先駆けて、2020年春に小中学校が一斉休校になった際に、ひとり親家庭の子どもたちに無料でお弁当を配布。このとき、コロナ禍でひとり親世帯の経済的・精神的な負担が増していることを実感したそうです。

もともとeワーク愛媛は、ひきこもり状態やニートなどのさまざまな困難を抱えた若者たちに就労支援を行う団体として、2003年に活動をスタートしました。現在では、フードバンク事業や地域再生事業にも活動を広げています。
「フードバンク事業に取り組むようになったのは、10年ほど前からです。就労支援の対象となる若者たちの多くが、経済格差や生活困窮の問題を抱えていると気づいたことがきっかけでした」
eワーク愛媛では、フードバンク事業を通じて一般家庭や企業、農家などから食品の寄付を集め、地域にある児童養護施設や自立援助ホーム、子ども食堂を運営する団体、ひとり親世帯や生活困窮者の支援団体などに提供してきました。
さらにeワーク愛媛が子ども食堂の主催も担い、ひとり親世帯を対象にした定期的にフードパントリー(無料食料配布)にも力を入れています。
「それでも、子ども食堂に足を運びづらい人や日時の都合が合わない人もいます。さらにコロナ禍で、ひとり親世帯に限らず生活が苦しくなる人が増えてきました。それなら、必要なときに必要なものを気兼ねなく取りに来られる場所をつくりたいと考えて、コミュニティパントリーを始めたんです」
気軽に来ることができて、相談しやすい場
eワーク愛媛のコミュニティパントリーの対象は、困窮者支援を担う社会福祉協議会やNPO、ひとり親世帯の支援団体、障がい者福祉施設などから紹介を受けた人。ひとり親世帯中心に、障がい者のいる世帯、生活に困窮する若者や高齢者など、さまざまな人が利用しています。
ポイントカードを利用して月5,000円程度の物資を無料で受け取れる仕組みで、食品の他に日用品や文房具などもあります。特に生理用品はすぐになくなるそうです。
コミュニティパントリーには、eワーク愛媛のスタッフが常駐。8時半から18時まで開いているので、利用者の都合に合わせて利用することができます。
「朝いちばんに来る方もいれば、仕事終わりに駆け込んで来る方もいるんですよ。遅い時間に『まだ行っても大丈夫ですか?』とLINEが来ることもあるので、スタッフがいるときは柔軟に対応しています」
通常のフードパントリーでは、寄付された食品を公平に分配するため、何を受け取るのかを選べないことも多いですが、コミュニティパントリーでは必要なものを自分で選ぶことができます。

難波江さんは、コミュニティパントリーが気軽に足を運べる拠点として機能することで、困ったときに相談がしやすい環境をつくりたいと考えています。
「コミュニティパントリーを利用する方から相談を受けて、専門支援機関に紹介したこともあります。スタッフに相談とまでいかなくても、ここで日常のちょっとした愚痴を話せるだけで、気持ちが少し楽になることもあるんじゃないでしょうか」
また、ひとり親のお母さんどうしが知り合いになって共通の悩みを相談し合ったり、子どもの服を譲ったりするつながりも生まれています。
就労相談会をきっかけに、コミュニティパントリーの利用につながった80代
これまでeワーク愛媛では、ひとり親世帯や若者を中心に支援してきましたが、コミュニティパントリーを始めたことがきっかけで、生活に困窮する高齢者の存在にも気づいたそうです。
「一人暮らしで年金が少ないために、自営で清掃業を続けている80代の方がいます。その方はコロナ禍で仕事が減り、eワーク愛媛が開催している就労相談会に参加したことがきっかけで、コミュニティパントリーの利用につながりました。この方のように大変な生活を送っている高齢者が、実はたくさんいるのではないかと思います」
コミュニティパントリーの立ち上げに活用した「新型コロナウイルス対応緊急支援助成」は2021年5月末で終了していますが、「この場所があって助かった」という利用者からの声があるため、愛媛県内の新居浜市・西条市の2ヶ所でコミュニティパントリー事業を継続しています。
「愛媛県は東予、中予、南予の大きく3地域に分かれます。今は東予地域でコミュニティパントリーを2ヶ所運営しているので、今後は中予地域と南予地域にも1ヶ所ずつつくりたい。そのために協力してくれる団体を探しているところです」
SOSを出せずにいる若者と出会うために
コミュニティパントリーの活動に加えて、eワーク愛媛では2021年6月から、もうひとつ新たな活動を始めました。
公益社団法人ユニバーサル志縁センターが実施する新型コロナウイルス対応緊急支援助成を活用して、発足当初から活動の柱としてきた「困難を抱える若者の相談と居場所づくり事業」を拡大しています。
「私たちは長年、ひきこもり状態の人やニートなど、就労に困難を抱えた人たちを支援してきました。そうした人の自立は、コロナ禍でさらに難しくなっているんです。ようやく自分に合う仕事を見つけたのに、コロナの影響で失職した人もいます。
こうした状況で、その人たちを孤立させないための支援も必要です。ただ、そもそもSOSを出せず、支援機関の存在さえ知らない若者も多くいます」
2018年に愛媛県保健福祉部が行った「ひきこもり等に関する実態調査」では、愛媛県内にひきこもり状態の人が約1,000人いるという結果が出ました。しかし、難波江さんは「隠れたひきこもり状態の人を含めると、実際にはその10倍はいるのではないか」と感じています。
「支援につながっていない若者との接点づくりが必要だとずっと思ってはいたのですが、自主事業ではそこまでの余裕がなく、目の前にいる相談者への対応で精一杯でした。今回、休眠預金活用事業の助成を受けられたことで、ようやく各地での定期的な相談会の実施や広報に力を入れることができたんです」
一人ひとりの得意・不得意を理解して支える
eワーク愛媛に相談に来る若者は10代から30代が中心で、「家から出るのが怖い」「コミュニケーションが苦手」「働く自信がない」といった、社会生活や就労になんらかの困難を抱えた人がほとんどだと言います。
「就職活動を始める前に、朝ちゃんと起きて身支度をする生活習慣を身につける必要がある人もいます。今回の助成で一つ増やすことができた『居場所スペース』のように、ひきこもっていた家から出る理由をつくり、孤立させないためにも、こうした居場所の存在は大切です」
eワーク愛媛では、こうした一人ひとりの状況に合わせて、職場見学やボランティア体験、就労体験など、相談者が社会に踏み出すために一歩ずつ支援しています。就労体験が難しい場合には、eワーク愛媛のフードバンク事業でボランティアを体験することも。生活に困窮している場合は、就労支援と同時にコミュニティパントリーで食料を提供しています。
「利用者のなかには発達障がいの傾向があって、普段の作業は問題なくこなせるのに、イレギュラーな対応ができなくて仕事が続かない人もいます。また、一人作業を行う能力は十分あって優秀なのに、チーム作業がどうしても苦手な人もいます」
こうした得意不得意を理解した上で、就労体験に協力してくれる地域の企業を見つけることも、難波江さんたちの役割です。チームで働くことが難しければ個人で作業ができる職場を探し、叱られるのが苦手な人の場合には職場の人たちに配慮してもらうなど、eワーク愛媛が若者と企業の橋渡しを担っています。

就労体験の受け入れ先は、製造業や飲食業、農業など多種多様。働ける場を探している若者がいる一方で、地域には人材不足で困っている業種も少なくありません。就労体験で企業とのマッチングがうまくいき、就職へとつながったケースもあります。
「できる限り就労を受け入れたいと言ってくれる企業も多いんですよ。ただ、利用者のなかには就労まで時間がかかる子もいますし、やっと就職しても辞めてしまう人もいます。就職後も長い目で地道にフォローを続けていくことが、この事業で最も大事なことなんです」
地域の困りごとを地域で解決できるように
ご紹介してきたように、eワーク愛媛では休眠預金を活用して、「コミュニティパントリー」による生活困窮者支援と「困難を抱える若者の相談と居場所づくり」の2つの事業に取り組んできました。それぞれの事業での資金分配団体の伴走について、難波江さんは「非常に勉強になることが多かった」と振り返ります。
「どちらの事業にも共通して言えることですが、資金分配団体と一緒に取り組めたおかげで、客観的な目標設定や実績を数字として表すことの重要性を学びました。
こうした活動の成果を示す数字は、私たちのところに相談に来る人にとって安心材料になりますよね。自分たちだけの事業として取り組んでいたら、目の前の活動に追われてしまい実現できなかったことだと思います」
対象も内容も異なる事業を手掛けるeワーク愛媛の根底には、「地域の困りごとを地域で解決したい」という思いがあります。
「『地域共生』という言葉をよく聞くようになりましたが、重要なのは、地域の困りごとを地域で解決できるようになっていくことだと思います。
働けなくて困っている若者がいるなら、地域の企業が支える。困っているひとり親世帯や高齢者がいるなら、地域の人たちが食料の寄付などで手を差し伸べる。eワーク愛媛の活動が、そんな地域の実現に向けたお手伝いになれば、と思っています」
■休眠預金活用事業に参画しての感想は?
自分たちの団体だけで事業に取り組んでいると、どうしても「思い」だけで進んでしまうところがありますが、今回の助成を受けたどちらの事業にも資金分配団体が伴走してくれたおかげで、成果管理や事業評価といったところにも目を向けることができました。(難波江さん)
■資金分配団体POからのメッセージ
一般社団法人全国コミュニティ財団協会 石本さん
「コミュニティパントリー」は、必要なものを自分で選ぶことができ、かつ相談できる場所でもある、今までになかった支援の形だと思います。このように多様な支援の形が地域にあることが、地域から誰一人取り残さないことにつながっていくのだと感じています。これからコミュニティパントリーが愛媛を中心に広がっていくことを期待しています。
公益社団法人ユニバーサル志縁センター 小田川さん
若者たちがいつでも来ることができるフードパントリーや居場所、スタッフによるアウトリーチ、そして協力企業とともに取り組む相談会、見学会、体験会など、さまざまな方法で、ひとりひとりの若者の次の一歩を支えてくださっています。eワーク愛媛さんの長年にわたる地元企業とのつながり、そして地域の社会福祉協議会やNPO、そして民生委員などの支援者とのつながりがあってこその取り組みだと思います。
公益社団法人ユニバーサル志縁センター 岡部さん
若者の就労支援のアウトカムとして、当事者のステップを10段階で評価する基準を設けている点が、社会に成果をわかりやすく発信する良い取り組みだと思います。今回の事業では、相談支援の対象となった若者89名(実数)中、58名(65.2%)が2段階ステップアップできたとのことでした。ぜひ今後も、eワーク愛媛さんの取り組みを多くの方に発信していっていただけたらと思います。
【事業基礎情報 Ⅰ】
実行団体 | 特定非営利活動法人eワーク愛媛 |
事業名 | 地域無料スーパーマーケット事業 |
活動対象地域 | 愛媛県 |
資金分配団体 | 一般社団法人全国コミュニティ財団 |
採択助成事業 | 2020年度新型コロナウイルス対応支援助成 |
【事業基礎情報 Ⅱ】
実行団体 | 特定非営利活動法人eワーク愛媛 |
事業名 | 愛媛県若者サポートコミュニティ事業:困難を抱える若者の相談と居場所づくり事業 |
活動対象地域 | 愛媛県 |
資金分配団体 | 公益社団法人ユニバーサル志縁センター |
採択助成事業 | 2020年度新型コロナウイルス対応支援助成 |