学校に行きづらさや家庭に居づらさを感じている子どもたちに、安心して過ごすことができる“居場所”を提供しているのが北海道砂川市にある「みんなの秘密基地」です。21年度通常枠の実行団体(資金分配団体:認定NPO法人カタリバ)として、ユースセンターを立ち上げ、子どもたちが安心して時間を過ごせる居場所の提供のほか、フリースクールの運営などを行っています。最近は、同じ悩みを持つ大人同士がつながるお茶会の開催など活動の幅も広がり、子どもも大人も集う地域の居場所に変化しつつあるそうです。今回は、「みんなの秘密基地」を運営するNPO法人「みんなの」 代表理事である望月亜希子さんに、活動のきっかけやこれまでの取り組み、今後の展望などを伺いました。
”子どもたちの居場所づくり”を目指したきっかけ
ユースセンターとは、家でも学校でもない、若者たちの“第三の居場所”のこと。北海道の砂川市にある「みんなの秘密基地」もその一つです。
2022年に子どもたちのユースセンターとして活動を開始して以降、放課後や土曜日になると、近隣の子どもや若者たちが集まり、ゲームをしたり、おしゃべりをしたり、勉強をしたりと、皆、思い思いに時間を過ごしています。
代表の望月亜希子さんに、子どもや若者たちの居場所づくりをはじめたきっかけについて伺いました。
「私は元々、会社員として自然素材のコスメティックブランド「SHIRO」を展開する株式会社シロで働いていました。砂川市に本社工場があり、地域の子どもたちのために職業体験イベントや工場見学を開催していました。そこでは、楽しんでいる子どもたちがいる一方、自分の意見を決められなかったり 、自分に自信が持てず「私なんて」と嫌いになってしまっていたりする子どもたちがいることに気づきました。そして、そういった子どもたちが、自分のこと好きなまま、自己決定を繰り返しながら成長して社会に羽ばたいていってほしいという想いを抱くようになりました」
その後、望月さんは2019年に会社を退職し、2020年度から特別支援教育支援員(※)として学校に勤務することに。子どもたちに寄り添いたい、そんな想いを持って小学校、中学校で働き始めましたが、同時に教師とは違う特別支援教育支援員という立場ではできることが限られてしまう現実に、もどかしさも感じるようになっていました。
※発達障害や学習障害のある児童生徒に個別的な支援を行う支援員
まちづくりプロジェクトへの参画をきっかけに、ユースセンターの立ち上げに動き出す
ちょうどその頃、望月さんの前職の株式会社シロの代表取締役会長である今井浩恵氏から、砂川市の活性化を目的に立ち上げる「みんなのすながわプロジェクト」の構想を持ちかけられました。これはシロの本社工場の移設増床にともない、ものづくりや観光をテーマにした施設を地域の人たちと一緒につくるまちづくりプロジェクトであり、その参画メンバーとして望月さんも活動に携わることに。
「工場の新設により、シロのショップやカフェなども新工場の施設に移転することが決定したため、そのカフェの空き店舗を有効活用するなら、『ぜひ子どもたちの居場所を作りたい!』と手を挙げ、即答で承諾してもらいました。当時は学校の中で支援員として働いていましたが、学校や家庭に居場所がないような子たちも、安心してここにいていいんだと思える場所を作りたかったのです。」
こうしたきっかけから、カフェの空き店舗を活用して、学校や家庭でもない子どもたちのサードプレイスとなるようなユースセンターをつくりたいという想いが具体化していったといいます。
休眠預金活用で立ち上げることができた「みんなの秘密基地」
自分のやりたいことの方向性が見えてきた望月さんは学校での特別支援教育支援員としての業務と並行して、居場所作りの準備や仲間集めに取り掛かるも、ユースセンターはもちろん、非営利団体の運営経験はなく、何から準備をしたらいいのかわかりませんでした。そんな矢先、教育支援活動を行う認定NPO法人カタリバが運営する「ユースセンター起業塾」が休眠預金を活用した事業として、助成および事業立ち上げ伴走を行う団体の募集をしていることを知りました。
ユースセンター起業塾とは、全国に10代の子どもの居場所を広げるため、居場所づくりや学習支援をしている/したい方々を対象に、各団体の立ち上げを資金面・運営面の両軸から伴走支援を行っている事業です。
この募集要項を目にした途端、自分たちのやりたいことと合致すると確信した望月さんは、申請をし、無事に採択されたそうです。
「右も左も分からず、とにかく勢いだけで動いていた私にとって、この事業はまさに渡りに船でした。さらに、教育支援の実績が豊富なカタリバさんの支援を受けられることも心強く、毎月のミーティングや研修、経理、財務などのバックオフィスに関する相談会などもあり、常にきめ細やかにサポートしていただきました」
そこからは、カタリバによる支援を受けながら、仲間も増えていきますが、シロのショップとカフェが移転するまでには、まだ1年。その期間に借りられる場所を探すことに。
そこで、シロでも長年お世話になっている市内のお寺に相談すると、快くお堂を無償で貸してくださることになりました。こうして小学校3年生~高校生を対象にしたユースセンター「みんなの秘密基地」の活動がスタートしたのです。
2023年6月には、拠点を旧シロ砂川本店の店舗へ移し、活動をしながら気づいたことを解決しようと、午前中には「無料のフリースクール」を開始。厨房を活用した「みんなのごはん(子ども食堂)」や、20代以上の若者を対象にした「夜のユースセンター」、同じテーマで悩む大人の「つながるお茶会」なども始まり、活動の幅も広がっていきました。
そこで大きな助けになったのがユースセンター起業塾の助成金だったそうです。
「スタッフもボランティアでずっとお願いするわけにはいかないため、家賃や光熱費のほか人件費にもあてられる助成金にとても助けられました。また子ども食堂などの活動費にも使うなど、私たちの運営や活動全体を支えてくれています」

ありのままの自分でいい”と思える、空間づくりを大切に
何をしてもいい、何もしなくてもいい――。それが「みんなの秘密基地」のコンセプトです。読書やゲーム、友だちとのおしゃべり、お昼寝、勉強……ここでは、経済状況などにかかわらず、誰でも自分でやりたいことを決めて、自由に安心して過ごすことができます。
「『子どもたちが自分と自分の人生を好きなまま、自由に羽ばたく翼を折らずに育む地域社会をつくりたい』日々、居場所の活動をしていく中で、このようなビジョンに辿り着きました。子どもに変化や成長を求め社会に適応させるのではなく、変えたいのは、私たち大人の社会の視点やあり方なのです。私たちスタッフが、子どもたちに何かを強制したり、指導したりすることは一切ありません。子どもたちが自分の考えを自分の言葉で伝えることができるように、寄り添い話を聞くこと、そして、みんなが“自分のままでいいんだ ”と思える空間づくりを心掛けています」
その結果、利用者にアンケートを取った際には、「みんなの秘密基地では自分らしくいられると感じている」に「そう思う」と回答した割合が92.3%と、子どもたちの多くが安心感をもってみんなの秘密基地を利用しくれていることがわかったそうです。
実際に、ユースセンターには、1日15~20人の子どもたちが訪れ、初年度の2022年は延べ約1,450人、2023年度は延べ約1,300人が利用。今では、砂川市の子どもだけでなく、近隣地域の利用者も徐々に増えているそうです。


地域のみなさんと一緒に作る、『みんなの』居場所へ
当初はユースセンターとして活動していた「みんなの秘密基地」ですが、今では、それ以外の活動も増え、新たな取り組みも広がっています。
「現在、平日の午前中から放課後までは、不登校支援の無料フリースクールとして、さまざまな事情で学校に行かない、行けない子どもたちを受け入れています。さらに、不登校支援をしていく中で気づいたのは、子どもたちだけでなく親のサポートも必要だということです。」
そこで新たにスタートしたのが、『つながるお茶会』という取り組みです。月に2-3回、不登校や発達のテーマでお茶会を実施し、保護者を中心に大人たちのコミュニティづくりを行っています。「保護者の皆さんが悩みを共有し相談できる場というのは、私たちが想像していた以上に求められていたと実感しています。やはり、当事者同士でしか分かり合えない悩みもあり、お茶会だけではなくLINEグループで日々の出来事や悩みを安心して語り合えるコミュニティができました。子どもたちにとって、家の中でお母さんやお父さんが笑顔でいてくれることほど嬉しく安心できることはないと思いますから、これからも、大人のコミュニティを大事に育てていきたいです」
また、みんなの秘密基地では、月に2回は土曜日もオープンし、近隣の農家さんにいただいた規格外品や自分たちで持ち寄った食材を使って、子どもたちと料理作りをしているそうです。ほかにも、地元イベントへの出店やハロウィンやクリスマス、キャンプ などのイベントもあり、さまざまな体験を通して、子どもたちが社会とつながりながら余暇を自由に楽しむきっかけづくりを提供しています。

活動も3年目を迎え、今では子どもだけではなく、若者や大人も集うみんなの居場所に変化しつつある「みんなの秘密基地」。最後に望月さんに、今後の展望を伺いました。
「2024年5月に、『みんなの秘密基地』の運営団体として、NPO法人『みんなの』を立ち上げました。 『みんなの』にした理由の一つに、この活動を、私たちだけの「事業」ではなく、地域のみなさんと一緒に作っていく「市民活動」にしていきたいという想いがあったからです。この3年間で休眠預金を活用した助成金のもと、運営の基盤づくりはできました。今後はさらに、地域のみなさんと一緒に活動しながら、『子どもたちが自分と自分の人生を好きなまま、自由に羽ばたく翼を折らずに育む地域社会』を実現していきたいと思っています」
【事業基礎情報】
実行団体 | 特定非営利活動法人 みんなの |
事業名 |
北海道砂川市「‘本当の社会で生きる力’を育む子どもの居場所」創造事業 |
活動対象地域 | 北海道砂川市 |
資金分配団体 | 認定特定非営利法人 カタリバ |
採択助成事業 |
2021年度通常枠 |
東京都足立区で、地域から孤立している生活困窮子育て家庭に対し、食糧支援や「子ども食堂」の運営などを行っている一般社団法人チョイふる。“生まれ育った環境に関わらず、全ての子ども達が将来に希望を持てるchoice-fulな社会を実現する”ことを目的に、活動しています。2022年に採択された休眠預金活用事業(緊急支援枠、資金分配団体:特定非営利活動法人Learning for All)では、居場所事業「あだちキッズカフェ」の拡充に取り組んできました。今回は、代表理事の栗野泰成さんと、居場所事業を担当している井野瀬優子さんに、団体の活動についてお話を伺いました。”
代表理事の原体験が、チョイふるを立ち上げるきっかけに
一般社団法人チョイふる(以下、チョイふる)は、社会経済的に困難を抱える子どもたちが「チョイス」(選択肢)を「ふる」(たくさん)に感じられる社会をつくりたい、という思いを込めて設立されました。立ち上げのきっかけとなったのは、代表理事の栗野さんの原体験です。栗野さんが育ったのは、鹿児島県の田舎の市営団地。大学進学に悩んでいた頃、新聞配達をすると学費が免除される新聞奨学金制度の存在を知りますが、知ったときにはすでに申し込みの期限を過ぎていて申し込みができなかったと言います。
栗野泰成さん(以下、栗野)「あのとき、『もっと早くに知っていれば』と思ったことが今の活動に結び付いています。困窮者世帯への支援制度はたくさんあるのですが、本当に困難を抱える人ほど必要な支援が届いていないのではないかと考えています。この『選択格差』を解消することが貧困問題を解決する一つの手段ではないかと考えるようになりました」

当時の思いを胸に、大学卒業後、小学校教員・JICA海外協力隊での教育現場を経て、栗野さんは2018年に任意団体を立ち上げます。当初は英語塾を運営していましたが、それでは支援を必要としている人に届かないと気づきます。
そこで、2020年に、食糧を家庭に届けるアウトリーチ(訪問支援)型の活動「あだち・わくわく便」と、親子に第3の居場所を提供する活動「あだちキッズカフェ」をスタート。その後、コロナ禍に入ってしまったため、「あだちキッズカフェ」は一時休止しますが、「あだち・わくわく便」の需要は高まっていきます。
そして、2021年に法人化し、一般社団法人チョイふるを設立。現在は、宅食事業「あだち・わくわく便」、居場所事業「あだちキッズカフェ」に加え、困窮者世帯を支援制度へと繋げる相談支援事業「繋ぎケア」の主に3つの事業を行っています。
孤立しがちな困窮子育て世帯とつながる 宅食事業
現在、チョイふるの活動の軸となっているのが、宅食事業「あだち・わくわく便」です。対象となっているのは0〜18歳の子どもがいる家庭で、食品配達をツールに地域から孤立しがちな困窮子育て家庭と繋がる活動をしています。
栗野「宅食事業を始めた頃は、シングルマザーの支援団体に情報を流してもらったり、都営団地にポスティングしたりと地道に活動していました。最初、LINEの登録は10世帯ほどでしたが、口コミで広がったことに加え、コロナ禍になったこともあり、登録世帯数が一気に増加。今では足立区からも信頼を得ることができ、区からもチョイふるの案内をしてもらっています」

現在のLINEの登録数は約400世帯。食品配達は月に1回か2ヶ月に1回、各家庭に配達するか、フードパントリーに取りに来てもらう場合もあります。また、配達をする際は「見守りボランティア」と呼ばれる人が、それぞれの子育て家庭に直接お届けし、会話をすることで信頼関係を築いています。
栗野「食品の紹介や雑談などから始まり、子どもの学校での様子を聞いたり、困りごとがなさそうかなど確認したりしています。次回の配達時にも継続的に話ができるよう、訪問時の様子は記録もしています」
つながりづくりから居場所づくりへ
コロナ禍では「あだち・わくわく便」をメインに活動してきたチョイふる。貧困家庭と繋がることはできましたが、そこから適切な支援に繋げるための関係構築を難しく感じていました。そこで、新型コロナウイルスの流行が少し落ち着いてきたタイミングで、居場所事業「あだちキッズカフェ」を再開します。
「あだちキッズカフェ」は、子ども食堂に遊びの体験をプラスした、家でも学校(職場)でもないサードプレイスをつくり、困窮子育て家庭を支える活動。こうした「コミュニティとしての繋がり」が作れる活動は、民間団体ならではの強みだと栗野さんは話します。
栗野「足立区は、東京都の中でも生活保護を受けている世帯数が多い地域です。区としても様々な施策に取り組んでいますが、行政ならではの制約もあります。たとえば、イベントを開いたとしても、時間は平日の日中に設定されることが多いですし、開催場所も公民館など公共の場が基本になります。一方で、僕たち民間団体は、家庭に合わせて時間や場所を設定することができます。行政と民間はできることが違うからこそ、僕たちの活動に意味があると思うんです」

「あだちキッズカフェ」の取り組みに力を入れ始めたチョイふるは、2022年度の休眠預金活用事業に申請。これに無事採択されると、これまで「あだちキッズカフェ」があった伊興本町と中央本町の2か所の運営体制を強化するとともに、千住仲町にも新設しました。
実際の「あだちキッズカフェ」では、お弁当やコスメセットの配布などを行い、子どもたちの居場所利用を促進。月2回実施している子ども食堂と遊びの居場所支援のほか、イベントも含めると67 人の子どもが参加しました。特に伊興本町の居場所にはリピーターが多く、子どもたちの利用が定着してきています。
栗野「とはいえ、『あだち・わくわく便』は400世帯が登録してくれているのに対し、『あだちキッズカフェ』の利用者は67人とまだまだ少ない。子どもだけで『あだちキッズカフェ』に来るのが難しかったり、交通費がかかったりするなど、様々な課題があると感じています」
休眠預金を活用し、社会福祉士を新たに採用
「あだちキッズカフェ」拡充のため、さまざまなところで休眠預金を活用してきましたが、なかでも一番助かったポイントは「人件費として使えたこと」だと井野瀬さんは話します。
井野瀬優子さん(以下、井野瀬)「『あだちキッズカフェ』常勤のスタッフを数人と、社会福祉士を4人採用しました。助成金の多くは人件費として活用できないので、本当にありがたかったです。常勤のスタッフがいると『いつもの人がいる』という安心感にも繋がりますし、社会福祉士にはLINEを通じて相談者とやり取り してもらうことで距離が近づき、『あだちキッズカフェ』の利用促進につながりました」
「あだち・わくわく便」の利用者には「あだちキッズカフェ」に行くのを迷っている人が多く、社会福祉士とのやり取りが利用を迷う人の背中を押しました。そのやり取りも、「『あだち・わくわく便』はどうでしたか?」といった会話からスタートし、他愛もない会話をするなかで困りごとを聞いたり、無理のないように「あだちキッズカフェ」に誘ったりしています。

また、DV被害に遭ったという母子が来た際には、スタッフに同じような経験をした当事者がいたため、経験者ならではの寄り添った対応ができました。
井野瀬「これまでであれば、ボランティアとして限られた時間しか関われなかったかもしれません。今回はそこに、きちんとお金を割くことができたので、居場所をより充実させることができました。来てくれる子どもたちが増えるのはもちろん、何度も来てくれる子の小さな成長が見られる瞬間もとてもうれしいですね」
伴走者がいることで、課題を把握できた
チョイふるは、2023年8月に休眠預金活用事業を開始し、2024年2月末に事業を完了しました。休眠預金活用事業では資金面以外に、資金分配団体のプログラム・オフィサー が伴走してくれる点も、事業を運営していくうえで助けになったと話します。
栗野「普段は日々の活動でいっぱいいっぱいなので、月1で振り返る機会を設けてもらったのがよかったですね。一緒にアクションプランを立てたり、“報連相”が課題になっていると気づいたりすることができました。第三者の目があることの大切さを痛感しました」
事業は終了しましたが、その後も取り組みの内容は変わらずに、「あだち・わくわく便」の提供量を増やしたり、「あだちキッズカフェ」の数を増やしたりといったことに注力しており、そのために、ほかの団体との連携も広げています。
栗野「10代の可能性を広げる支援を行っているNPO法人カタリバと月1回の定例会議を行い、情報交換をしています。ほかにも、医療的ケア児や発達の特性の強い子どもを支援している団体などと組んで、ワンストップの総合相談窓口を作ろうと動いているところです。資金確保は今後も課題になると思うので、寄付やクラウドファンディング、企業との連携などにも挑戦していきたいですね」
「選択肢の格差」が貧困を作り出し、抜け出せない状況を作っていると考える栗野さん。チョイふるはこれからも、その格差を少しでもなくすために貧困家庭への支援を続けていきます。
【事業基礎情報】
実行団体 | 一般社団法人チョイふる |
事業名 | 子育て世帯版包括支援センター事業 |
活動対象地域 | 東京都足立区 ①伊興本町(居場所1拠点目) ②中央本町(居場所2拠点目) ③千住仲町(居場所3拠点目) |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人Learning for All |
採択助成事業 | 2022年度緊急支援枠 |
大阪府富田林市を拠点に、差別のない人権尊重のまちづくりの実現に向けて活動する「一般社団法人富田林市人権協議会」。時代の移り変わりから、地域コミュニティの低下が懸念されている昨今。2019年度の休眠預金活用事業(通常枠)では、「オープンなつながりでコミュニティをつなぎ直す」をテーマに、集いの場・居場所づくりや地域有償ボランティアシステムづくりなどに取り組みました。2022年度に採択された事業では、子ども食堂や居場所づくりをサポートしています。 今回は、同団体事務局長の長橋淳美さんにこれらの取り組みについてお話を伺いました。”
活動を始めたきっかけとは
富田林市人権協議会は、1984年に部落問題解決のための団体として設立されました。その後、市全域の人権問題全般を扱うようになり、現在は、人権相談に加え、就労支援事業、交流イベント事業、高齢者向け配食事業、子ども食堂や居場所の運営など幅広い活動を行っています。

「1922年に全国水平社(※)が結成された直後、地域内にも河内水平社が設立され、部落解放運動が盛んな地域ではありました」
昭和になり、国を挙げて部落問題に取り組む中で、児童館や市営住宅などが建設されます。その一つが、現在富田林市人権協議会の事務所がある富田林市立人権文化センターで、もともと解放会館と呼ばれていました。
「水平社結成から100年を迎えた今も、部落差別は解決していません。さらに、すべての人の人権を守るためには、福祉の充実が欠かせないという考えの基、市内で先駆けて始めたのが高齢者向けの宅配事業や子ども食堂といった福祉事業です」
※1922年に日本で初めて結成された全国的部落解放運動団体。2022年に結成100年を迎えた。
ニーズ把握から始まった「I♡新小校区福祉プロジェクト」
富田林市人権協議会が活動するのは、近鉄富田林駅から徒歩5分ほどの利便性の良いエリア。市内16校区あるうちの、富田林市新堂小学校区にあたります。市街地でありながら、中世からの古い街並みを残した町、駅近に新たに建てられたマンション群、海外からの労働者も多い中小企業団地などが混在し、さまざまな背景のある人々が暮らしています。

これまで新堂小学校区は、だんじり祭りを代表するように「古い町を中心に強い絆で結ばれていました」と話す長橋さんですが、時代の移り変わりと共に地縁は薄れつつあります。
「だんじりの引き手も少なくなり、地域コミュニティ力に綻びが生じてきています。同和問題にもアプローチしながら、地域の絆づくりに貢献できないかと考え、2019年度の休眠預金活用事業の助成(資金分配団体:一般財団法人 大阪府地域支援人権金融公社 )を受け、I♡新小校区福祉プロジェクトを開始しました」
I♡新小校区福祉プロジェクトの目標は三つあります。①身近な集の場づくり②誰もが参加できるボランティア活動の仕組みづくり③子どもを対象とした学習支援と居場所づくりです。

プロジェクトに取り組むにあたり、まずは住民のみなさんにアンケートを実施しました。 アンケートでは、「町内会へ加入しているか」「地域活動に参加したことがあるか」「今後やってみたいボランティア活動は何か」など、地域活動やボランティアに興味のある人のニーズを探りました。 校区の5,224世帯にアンケート用紙を配布し、回収率11.0%となる588の有効回答がありました。
アンケートからは、地域活動を活発にしていくためには、楽しく、学べて、たくさんの人と交流できる取組を行っていくことのニーズがあることがわかりました。同時に、悩みや困りごとを聞いたところ、健康や老後が気に掛かっている人が多く、孤独死を身近に感じている人が全体の46.1%いることが明らかになりました。
「57.3%が地域活動に参加したことがあると答え、7割程度の住民は機会があればボランティア活動を行ってもいいと考えていました。アンケートから、私たちが把握できていない、ボランティアをしたいという潜在的ニーズがあることがわかりました」
コロナ禍、集まれないからこそ生まれた数々の取組
そのような矢先、新型コロナウイルス感染症が蔓延。「①身近な集の場づくり」として、当初、各町の集会所を利用して、地域住民の集いの場・居場所づくりに取り組む計画を立てていましたが、見直しを余儀なくされます。
外出自粛により集まれない中、人と人の繋がりを強めたのが、SNSを活用した新たな繋がりづくりでした。
「プロジェクトメンバーもITツールには疎いのですが、スマホ教室、LINE活用教室を実施し、学びました。I♡新小校区福祉プロジェクトの公式LINEアカウントも開設し、情報発信をしています。プロジェクトの会議もLINE通話を使ってできるようになりました」
また、集まれないことを逆手にとり、2021年3月に「新小校区まち歩きスタンプラリー」を実施。校区に6ヶ所のスタンプポイントを設け、スタンプの数に合わせて景品をプレゼントする仕組みで、のべ833人が参加しました。

「助成金でお菓子やタオル、ティッシュなどを購入し、集めたスタンプの数に合わせてお渡ししました。長年、地域に住んでいても行ったことがない場所も多く、新たになまちを発見する機会になったとの声が届いています。また、小さいお子さんから家族連れ、高齢者までさまざまな方が参加できる企画で、楽しかったという方が多かったですね」
好評のため、2022年11月には第2回を開催。スタンプポイントも6ヶ所から8ヶ所に増やし、のべ1442人が参加しました。2023年11月には第3回を実施し、のべ2000人が参加。地域イベントとして定着しつつあります。
「スタンプポイントではクイズやゲームを準備しました。そのうちの1ヶ所では、公式輪投げ競技を取り入れていたのですが、子どもや高齢者、障害のある人など誰でも参加でき、健康づくりや世代間交流に効果があることがわかりました。校区全体に広げようと、助成金で輪投げセットを購入し、講習会を開催しました」
今後は、校区内で町会対抗輪投げ大会の開催を目指しているとのこと。また、新しいスポーツとして、市内全域に広げていくことをも視野に入れて活動を始めるなどの波及効果も生まれています。
ニーズを顕在化した、ボランティア活動の仕組みづくり
こうしたスタンプラリーや輪投げ競技の実施を支えるのが、ボランティアスタッフです。「②誰もが参加できるボランティア活動の仕組みづくり」に向けて、I♡新小校区福祉プロジェクトでは、2021年3月から4月にかけて5回のオリエンテーションを開催し、ボランティアへの参加を募りました。
「これまで知り合いのツテを頼ってボランティアスタッフを探してきましたが、地域イベントの開催以外にも、高齢者向けの配食協力や子ども食堂の運営など活動が広がり、人手が足りなくなりました。オリエンテーションにてでは各回、約10名ずつの参加があり、私たちと繋がりがない人も足を運んでボランティア登録してもらうことができました」
ボランティア活動にはさまざまなものがあり、個々の希望に合わせてお願いをしています。例えば、子ども食堂のボランティア。毎週木曜日に富田林市立人権文化センターで実施しており、コロナ禍以前は70〜100食、コロナ禍では弁当形式で60〜70食を提供していました。調理ボランティアは午後2時から下ごしらえ、午後5時までに弁当を詰めて、子どもが来たら受け渡しをしています。
また、かねてから富田林市人権協議会では、ひとり暮らしの高齢者や体が不自由な校区内の高齢者に向けて毎日昼食を届けています。お弁当を届けながら、声をかけて安否確認をしたり、必要に応じて関係機関への繋ぎを行ったりするのがボランティアの役割です。
こうした活動に継続的に携わってもらえるよう、2021年4月には「わくわくボランティアカード」を考案。ボランティア参加1回につき1個のスタンプを押し、スタンプの個数に応じて商品券と交換できるようにしました。
「スタンプ10個なら地元のスーパーで使える500円分の商品券、スタンプ20個なら地元の婦人服店で使える1000円分の商品券に交換できます。これが予想以上に好評で、みなさん楽しみながらスタンプを集めてくれました」
2023年1月時点で、ボランティア登録は107名、ボランティアカードを利用した方はのべ1290回になり、繰り返しボランティアに参加してくれていることがわかります。
子どもの学習支援と居場所づくりにも着手
富田林市人権協議会は、こうして新たな企画にも積極的にチャレンジしてきました。2018年から始めた子ども食堂の運営も、当時、市内では初となる取り組みでした。その中で、長橋さんはかねてより子どもの学習支援の必要性を感じていたと振り返ります。
そこでプロジェクトの3つ目の目標に掲げたのが、「③子どもを対象とした学習支援と居場所づくり」です。
「子ども食堂を実施し、子どもを家まで送っていくこともありました。すると、特にひとり親家庭では誰もいない真っ暗な家で子どもが一人で過ごす時間が多いこともわかってきました。勉強に集中できる学習環境が整っていないことを目の当たりにし、どうにか学習支援を実施したと考えたいたのです」
実施に動き出す後押しとなったのが、今回の休眠預金活用事業でした。2022年4月から、子ども食堂と連携した小学生学習支援活動「ぽかぽか」を毎週木曜日の17〜19時、中学生向けの学習支援活動「陽だまり」を毎週火曜日18時半から19時半まで実施しています。
「発達障害のお子さんもいますので、一対一で学習支援ができる環境が理想です。謝礼金を確保できたことで、ボランティアの登録者が10数名増え、丁寧な関わりができるようになりました。高齢者のみならず、元教師や近隣大学の学生ボランティアも活躍してくれていますよ」
富田林市人権協議会では、学習支援の中で、勉強を教えるだけではなくレクレーションの時間もとっています。「ぽかぽか」では毎週後半の時間にボランティアの特技を活かしたレクレーションを実施し、ツアーコンダクターをしている人が「バーチャル海外旅行〜入国審査体験〜」を開催するなど、子どもが楽しみながら社会体験できる機会をつくっています。
実行委員会形式だからこその連携が活きた
プロジェクト発足時に掲げた3つの目標に向けて着実に成果をあげてきた富田林市人権協議会。しかし、これらは富田林市人権協議会のみの力で成し遂げられたものではありません。
「主体は私たちですが、民生・児童委員や社会福祉協議会、地域の診療所で構成されるメンバーでI♡新小校区福祉プロジェクト実行委員会を結成し、助成いただいた3年間、月に一度、定期的に委員会を開催し、市や小学校とも連携して事業を進めてきました」
ニーズ調査のために実施したアンケート調査で、校区全域を対象にし、全世帯に配布することができたのも、各町会の役員さんの力添えがあったから。また、スタンプラリーではスタンプポイントの設置や運営に当たっても、各町会の協力があったことで、校区内一体となった取組にすることができました。
ボランティア活動を入り口に、広がる可能性
多くの人の協力を得て、助成期間の3年を走り切った富田林市人権協議会。地域コミュニティを育むために実施した、まち歩きスタンプラリーやボランティアシステムづくり、子どもの学習支援と居場所づくり以外にも、さまざまな成果が現れ始めています。
代表的な例が、ボランティアから民生委員になった井上結子さんです。
かつて社会福祉協議会のボランティア活動に参加しながらも、病気で体の不調から一時的に離れていた井上さん。しかし、何かしら地域に貢献したいと、アンケートにボランティア希望と記載いただき、熱いオファーが届きました。
「最初にとったアンケートで一番に連絡をくれたのが井上さんでした。社会福祉協議会の和田さんと面識があったので、すぐさま連絡をとってもらい、関わってもらうことにしました。体の調子に合わせて、高齢者配食のボランティアから始めてもらい、今では子ども食堂や学習支援にも協力してくれています。また、さまざまなところに顔を出されて地域住民からの信頼される存在になり、今では民生委員も担ってくれています」

以前は、井上さんの体調を心配したお子さんが、定期的に顔を出してくれていたとのことですが、ボランティア活動を始めてから日に日に元気になる姿を見て安心し、今では逆に用事をお願いされたりするようになったそう。
また、「民生委員の役割も変わってきた」と、以前から民生委員を代表してプロジェクトに関わっている川喜田敏音さんは話します。
「コロナ以前、この取り組みが始まるまでは、民生委員を名乗っているだけで積極的に活動されている方は少ないのが現状でした。しかし、プロジェクトが始まったことで、活動の幅が広がりました。スタンプラリーの時には、民生委員を各ポイントに配置して、まちのことを紹介したり、地域住民と会話をしたりしてもらうことができました。同じ地域に住んでいても、同じ学区でも距離が離れていると、接点がなく、知らないこともたくさんあります。僕らの活動を紹介する機会が増え、ネットワークも広がったのが大きな成果です」

市内全域に子どもの居場所をつくる、次のチャレンジへ
2022年度で助成期間は終了しましたが、その後も、取り組みは「新堂小学校区交流会議」と連携する形で継続しています。
また、2022年度には、富田林市社会福祉協議会とNPO法人きんきうぇぶとコンソーシアムを組み、特定非営利活動法人全国こども食堂支援センター・むすびえ が実施した休眠預金活用事業(通常枠)の公募に採択され、「人をつなげ支え合う持続可能な富田林市子ども食堂・居場所づくりトータルコーディネート事業 」に取り組んでいます。
「これからはますます居場所づくりが求められるのではないかと思い、チャレンジすることにしました」
目指すことは二つで、一つは市内16校区全てに、地域住民が誰でも訪れられるこども食堂や居場所を作ること。もう一つは、既存の子ども食堂や地域の居場所が持続的に運営していけるよう地域フードバンクを設立し、安定的な食材提供ができる環境を整えることです。
「生活保護や社会保険等の制度のはざまが大きく、僕らのところに相談があるのは働いていても困窮に陥っているワーキングプアの方が中心です。失業したり出産したりして働けなくなった途端に、生活が不安定になってしまう。そのような方に、子ども食堂で食事を食べてもらい、安定的な仕事を提供できるようにしたいです。ゆくゆくはフードバンクも雇用の場にしていければと考えています」
地に足のついた事業を続けてきたからこそ見えてきた地域ニーズ。そして、それに必要な事業を外部のリソースと内部のネットワークや担い手を組み合わせて展開してきた富田林市人権協議会。
「今後はファンドレイジングも強化しながら、事業を継続していきたい」と、長橋さんは意気込んでいました。
【事業基礎情報①】
実行団体 | 富田林市人権協議会 |
事業名 | あい新小校区福祉プロジェクト |
活動対象地域 | 大阪府富田林市 |
資金分配団体 | 一般財団法人 大阪府地域支援人権金融公社 |
採択助成事業 | 2019年度通常枠 |
【事業基礎情報②】
実行団体 | 富田林市人権協議会 <コンソーシアム構成団体> ・特定非営利活動法人 きんきうぇぶ ・実行団体名 社会福祉法人富田林市社会福祉協議会 |
事業名 | 人をつなげ支え合う持続可能な富田林市子ども食堂・居場所づくりトータルコーディネート事業 |
活動対象地域 | 大阪府富田林市 |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人全国こども食堂支援センター・むすびえ |
採択助成事業 | 2022年度通常枠 |
千葉県北部の柏市、我孫子市、白井市、印西市などにまたがる湖沼・手賀沼。ここをフィールドに、地域の人々がつながり、縁をつくるコミュニティを運営しているのが「手賀沼まんだら」です。2019年の設立以来、イベントや場づくりに取り組んでおり、2020年と2022年度の休眠預金活用事業(コロナ枠)を活用したことで、コミュニティプレイスの創出や共食プロジェクトなど、さらに活動の場を広げてきました。今回は、「子ども」と「地域」をキーワードにはじまったという団体の取り組みや、設立から5年が経過してこそ思う活動のおもしろさ、今後の展望などについて、代表の澤田直子さんにお話を伺います。
子どもが成長して気づいた、地域コミュニティの重要性
「手賀沼まんだら」が設立されたのは、2019年1月のこと。代表・澤田直子さんが子育てを経験する中で感じるようになった、地域とのつながりに対する考え方の変化が、立ち上げの背景にはありました。
「子どもが成長して小学生になった頃、地元の公園で遊んだり、ご近所さんのお宅に伺うような機会が増えて、地域とのつながりを意識するようになりました。それまでは、手賀沼に暮らしていても、家族で遊びにいくとなったら他の市や他県のショッピングセンターやキャンプ場でした。けれども、小学生になった子どもたちは、どんどん地域に馴染んでいく。そういう環境の変化が、考え方の変化を生み出しました」

澤田さんは、当時、手賀沼ではない別の市の社会福祉協議会職員として勤務していました。地域同士のつながり、コミュニティをつくる重要性を誰よりも理解していた一人です。ところが、澤田さん自身地元の手賀沼一帯では、そういった地域内でのつながりがありませんでした。そこで、澤田さんは勤務していた社会福祉協議会を退職し、手賀沼でコミュニティづくりの活動をはじめることを決意。同じような課題感を抱えているママ友に声をかけ、「手賀沼まんだら」としての第一歩を踏み出したのです。立ち上げ初期の取り組みは、フィールドワークをはじめとした、子どもたちが手賀沼の自然や社会とつながりをつくる目的のアクティビティを中心としたものでした。その後、1年足らずでコロナ禍に差し掛かり、団体としての意思も変化していきます。「これまで学校に通っていた子どもたちが、急に家庭へと戻されました。いつまで休校が続くのかわからない世の中で、せめて子どもが楽しく過ごせる居場所をつくりたい。そう感じるようになり、一時のアクティビティやイベントだけではなく、長期的に子どもが集える場所づくりに取り組み始めました」 手始めとして、手賀沼の地主さんが所有していた山を一部借りて、子どもたちと一緒に山小屋やアスレチックづくりを行うことに。すると、澤田さんの目に映ったのは、家とも学校とも異なる、第三の居場所を知った子どもたちの朗らかな様子でした。子どもたちが安定的に集える空間をつくる重要性を感じた澤田さんは、休眠預金を活用した助成事業の公募に応募。本格的な居場所づくりへと舵を切ったのです。

二つの取り組みで休眠預金活用事業に採択
「手賀沼まんだら」では、応募した休眠預金活用事業で2度採択をされています。1度目が、2020年度コロナ枠として採択された、孤立解消の為のコミュニティプレイス〈ごちゃにわ〉の創出。コロナ禍を経て実感した、子どもたちの居場所をつくるための取り組みです。2度目は、2022年度コロナ枠として採択された、「共食」をキーワードに据えたプロジェクトでした。〈ごちゃにわ〉では、手賀沼一帯に暮らす子どもたちをはじめ、子育てに課題を抱えた父母、話し相手の欲しい高齢者、そして冬越しの場所を求める生物までもが集えることを目指した場所づくりを実施しました。澤田さんは、この空間づくりを経て、リアルな場が生み出す大きな影響を実感したといいます。「空間が生まれたことによる一番の変化は、地域の人々や地域にゆかりのある企業が頻繁に訪れるようになったことです。それによって、何気ない話から生まれる新しいアイデア、おもしろい企画などが数多くあり、それらをイベントとして実施するような流れができていきました。コミュニティの輪がどんどんと広まる感覚があり、手賀沼という地域で場づくりを行う喜び、やりがいを今まで以上に感じられるようになった気がします」
核家族化が進行する現代の日本、そしてコロナ禍という人との繋がりが希薄になりがちな状況では、家庭の悩みや困りごとをシェア、相談できる機会はそう多くはありません。けれども、地域コミュニティが生まれたことで、家族それぞれの困りごとを解消するタイミングができたり、これまでは経験できなかったさまざまな体験、アクティビティの機会をつくることができるようになりました。
「最初は、子どもたちが地域社会に溶け込める場所をつくりたいという思いばかりでしたが、実際に〈ごちゃにわ〉をつくってみると、お父さんやお母さんたちの居場所にもなっているように感じる場面が多々ありました。”子育て”という共通のキーワードがあるからか、場に集う親御さんたちも、知らず知らずのうちに仲良くなり、助け合える仲になっていたようです」最初こそ、実験の意味合いもあり、こぢんまりとした運営を予定していた〈ごちゃにわ〉。ところが、澤田さんの想像以上に、そういった場を必要とした地域の人々は多かったようです。現在では、小中学校の林間学校や、総合学習の授業の一環で〈ごちゃにわ〉を活用したいといった申し出が多数集まるほど。年間では600人以上の子どもが集う、手賀沼屈指の居場所として成長しました。

子どもたちの「食」の関心をどう高めていくのか?
「手賀沼まんだら」では、その後も、〈ごちゃにわ〉の運営だけでなく新しい取り組みも実施しています。特に、現在推し進めているのが、2022年度コロナ枠にて採択された「共食」のプロジェクト。手賀沼の豊かな自然を活用しながら、子どもたちの食に対する関心を高めることを目的に実施しています。「〈ごちゃにわ〉を運営しながら次なる取り組みを考えているなかで、衣食住の”食”にフォーカスを当てたいと考えるようになりました。暮らしの根本的な要素であると同時に、食は人の心を癒やしたり、コミュニケーションを生み出すきっかけになると思ったからです。「ごちゃにわ」を始めたときから、食が与える影響の大きさを実感していました」


このプロジェクトでは、手賀沼の風土に対する学びや食育を促進するため、5つのステップでプログラムを実施しています。子どもたちが参加することはもちろん、親御さんや近隣の農家さんの協力を仰ぐことで、地域コミュニティにおける多様なつながりをつくり出すことも目指しました。
① 〈ごちゃにわ〉内で食材を育て、収穫する
②手賀沼 流域農家さんから食材を購入したり、農作業を手伝ったり、思いのヒアリングなどを行う
③ 入手した食材を使ってどんな料理をつくるのか、メニューを考える
④ 食材の持つストーリーや思いを伝えるため、月に一度〈ごちゃにわ〉内で子どもレストランをオープンする
⑤ 月に一度、親子のエンパワメントの場として「食」に関する研修を開催する
「学校や習い事、塾などで忙しい子どもたち、忙しく働く親たちと話をする中で、家庭での「食」に対する重要度が下がってきていることを感じていました。それなら調理の機会を家庭以外の場所でも体験できないかなと考えるようになりました。」
そういった背景から、食材を知る機会、調理を学ぶ機会、食文化に触れる機会などを用意した、多角的なプログラムを実施しました。手賀沼には、生き物と畑の共生を目指す農家さんや、安心安全においしく食べられる平飼いニワトリの農家さんなど、一次産業に携わる魅力的な人々も数多くいます。そういった人の協力を仰ぐことで、子どもたちが「食」を知る、考える機会創出を目指しました。

自走しながら地域社会に溶け込む子どもたち
このプロジェクトを実施する際、澤田さんは、子どもたちに「与える」だけではなく「創り出してもらう」ことも意識しているそうです。それは、能動的に関わる機会を用意することで、子どもたちの成長を促したいという思いから。
具体的には、2〜3回ほどプログラムに参加してくれた子どもに、参加者としてだけではなく運営者として仕事を任せることで、プログラムを創る側に回ってもらっているのだそう。その役回りは、イベントの様子を撮影するカメラマン係、プログラム内で使用するノート作成係など、多岐にわたります。
「子どもたちの興味関心に触れる機会を少しでも多くつくるためと思って始めたことですが、彼らに仕事を任せてみて、大人があっと驚くような成長を遂げてくれるのだと知りました。たとえば、カメラマンを担当してくれている子が、SNSに投稿された写真を見て、『こんなカットがあったほうがわかりやすいはず』と撮影プランを考えてくれたり、ノート作成係の子は『このページにはこのイラストがあったほうが楽しんでもらえるかな?』と、アップデートプランを提案してくれたり。自主的に次のレストラン開催に向けてオリジナルレシピを考案してきてくれた子もいたほどです」
最初は受け身でプログラムをこなしているだけだった子どもたちが、高いモチベーションを抱きながら、自分自身の得意なことを活かして運営に携わってくれる。想像をはるかに上回る子どもたちの成長には、澤田さんをはじめとした、大人のほうが圧倒されるばかりだといいます。
「ほかにも、今まではお兄さん、お姉さんに頼ってばかりいた低学年の子どもたちが成長する様を見ることも多々あります。プログラムによっては、幼稚園生や小学1〜3年生のみを対象とする場合があるのですが、そういったときに率先して動いてくれるのは、今までなにもできなかったように見えた小学校低学年の子どもたち。高学年がどう助けてくれていたのかをよく見ていて、幼稚園生の子どもたちのサポートをしながら、主体的な姿勢で運営に携わってくれています」
「食」というキーワードを起点にはじまったこのプロジェクト。もちろん、プログラムを経て、食に関する学びや意識の変化も見られています。ただ、それ以上に、環境さえあればどこまででも変化できる子どもたちの無限の可能性を知る機会にもなったそう。共創による、地域コミュニティの大きな力を、この取り組みを通して、澤田さんは実感しています。
「手賀沼まんだら」が思い描く未来
2019年の設立から5年。時代の潮流にあわせて数多くの取り組みを行ってきた「手賀沼まんだら」ですが、現在は、将来を見据えた戦略立案、プロジェクト企画なども推進しているタイミングです。それにあたっては、資金分配団体であるNPO法人ACOBAが提供する、専門家派遣も活用しているのだそう。
「『手賀沼まんだら』を運営しているメンバーは、現在、私を含めて5名。そこに、6人目として戦略立案やマーケティングの得意な専門家を一時的に招き、団体の方向性や意思を表すための”ビジョンボード”というものを制作しています」

ビジョンボードとは、今まで文脈や空気感のみで意思疎通されてきていた、団体の役割や意味を可視化して表現した絵図。「手賀沼まんだら」に携わる人の数、規模が大きくなってきている今のタイミングで、価値観をお互いに共有するべく制作したものです。こうした具現化を行うことで、「手賀沼まんだら」の歩む未来も、より明確化してきています。
「『手賀沼まんだら』を立ち上げたことで、地域コミュニティの重要性を改めて実感する機会になりました。現在、取り組んでいるプロジェクトは、引き続き継続していきたいと強く思いますし、子どもたちをはじめ、手賀沼の人々のよりどころになりたいとも感じています。けれど、組織を大きくしたいという野望はあまりありません。ただ、必要としてくれる人にとっての居場所になれたら。そういうシンプルな願いを再認識できました」
学校や家庭だけではない、サードプレイスとして機能できるように。恵まれた自然との触れ合いや、子どもたちとのコミュニケーションが促進される場として、これから先も「手賀沼まんだら」は歩みを続けていくのでしょう。
「私たちのこの取り組みは、手賀沼だから実現できたものではなく、日本各地で実現できるようなものだと思います。そして、こういった場所を必要としている子どもたちはきっと全国にたくさんいる。もっと暮らしやすい世の中を実現するために、日本各地にこうした地域コミュニティが誕生してほしいと、今まで以上に願うようになりました」
澤田さんの願いが伝播し、人から人へとつながって大きな輪として成長したのが「手賀沼まんだら」。思っていたよりもずっと、その輪は強固で、豊かで、未知の価値を教えてくれたものでした。だからこそ、そうした共感が広がることでつくられる、心強く、力強いコミュニティの誕生を乞い願い、澤田さんは今日も「手賀沼まんだら」の活動を続けています。
【事業基礎情報①】
実行団体 | 手賀沼まんだら |
事業名 | 孤立解消の為のコミュニティプレイスの運営 |
活動対象地域 | 千葉県 |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人 ACOBA |
採択助成事業 | 2020年度コロナ枠 |
【事業基礎情報②】
実行団体 | 手賀沼まんだら |
事業名 | 手賀沼版「美味しい革命」〜食べることは生きること〜 |
活動対象地域 | 手賀沼流域(我孫子市、柏市、松戸市、流山市) |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人 ACOBA |
採択助成事業 | 2022年度コロナ枠 |
保見団地は小高い丘陵地帯に広がるマンモス団地。一時期は10,000人を超える住民を擁していたそうですが、他地域の団地と同様に住民の減少と高齢化が進んでいます。一方、1980年代後半から近隣の自動車製造企業等の企業に働きに来たにブラジルやペルー等の人々の入居率が高まってきています。その中で生じたのが、日本人と外国人との間で起こる、言葉や文化・習慣の違いからのさまざまな問題です。その1つ1つの問題の解決めざし、日本人も外国人もそこに暮らす者同士として共生し、保見団地を“多文化多様性が輝く場”にするために立ち上がった休眠預金を活用した事業『保見団地プロジェクト』(資金分配団体:一般財団法人中部圏地域創造ファンド)を取材しました。”
住民の7~8割が外国人という環境
広場に設えられた屋台式のカフェのそばで、おしゃべりを楽しんでいる数人の外国人であろう若者たち。彼らに「銀行に行こうと思ったら、コーヒーの香りがしたから来ちゃった」と気軽に話しかける、白い割烹着を着た日本人女性。この光景が繰り広げられているのは、愛知県豊田市の北西部にある保見団地です。土曜日の午後の一コマであるそんな光景にも、この場が秘めている多様性の楽しさを感じます。
保見団地は豊田市の北西側に位置するマンモス団地。一戸建て住宅の保見緑苑自治区、UR 都市再生機構の公団保見ケ丘自治区、保見ケ丘六区自治区、県営住宅の県営保見自治区の 4 つの住民組織があり、通称「保見団地」と呼ばれています。保見団地の居住者の半数はブラジルの方々です。さらに県営住宅では、800世帯入居するなか住民は約2,000人で、その7割がブラジル人の方々です。その他にペルー人、中国人、ベトナム人なども暮らしていますが、ブラジル人は87%を占めています。
こうした中で、言葉・生活習慣や文化の違いから、さまざまな問題が起こってきました。例えば、ゴミを収集日以外の日にゴミ捨て場に出してしまう、ルール通りの分別をしていない、夜間に騒音をたてる人がいる等です。
2020年12月に保見団地プロジェクトが実施した調査では、生活で困っていることとして外国人では「近所付き合いが少ない」、日本人では「規則を守らない」ということが1位に上がりました。さらに日本人の生活で困ったことを見ると、「言葉が通じない」「習慣の違い」が続きました。

取材日、お話を伺った県営保見自治区で副区長を務める藤田パウロさんは言います。
「外国人がマナーを守らないということがあります。確かに、守らない人もいます。でも、反対に日本人が暮らしのマナーを彼らに伝える努力を充分にしてきたのでしょうか? 外国人と日本人がともに暮らしていくためには、互いの考えや習慣を知って、理解し合うことが大切です。なかなか伝わらないから、あきらめるのではなく、たとえ一人であっても伝えれば、そのうち一人が二人。二人が三人にと増え、それが重なっていけば外国人も日本のマナーも理解して暮らせるようになるのだと思います」と。
さまざまな壁はあるとしても、互いに互いの文化・習慣を理解しようとしながら関係を築いていくことで解決への道筋がある。そのことに気づき、行動しようとした人たちがつながり、保見団地プロジェクトははじまっていったのです。
事業のきっかけとなった、「HOMIアートプロジェクト」
保見団地では、前述のように言葉・生活習慣や文化の違いから、さまざまな問題が生まれていました。愛知県県営住宅自治会連絡協議会や、県営保見自治区の方々がその解決に向けて議論を進め試行錯誤してきましたが、団地の住民を一斉に集めて交流をはかっていく試みは、あまり成功したことがありませんでした。
そのような中、地域の外国籍の子どもたちに学習支援で関わっていたNPO法人トルシーダが、アートの力で、より豊かな団地をつくろうと2019年に「HOMIアートプロジェクト」を始めました。
このプロジェクトは、子どもから大人まで国籍に関係なく、団地の外国人を中心とした住民と アートを通して言葉を超えた交流の機会をつくるものです。プロジェクトには、アーティストのほか、中京大学、外国人との共生を考える会もメンバーも加わりました。

プロジェクトの集大成は、2020年3月に実施された壁面アート制作です。 場所は団地の憩いの場として設けられていたスペース。円形のベンチが設置され、床にはタイルが敷き詰められたそのスペースは、アートプロジェクトに取り掛かる以前は落書きで白い壁は汚され「憩い」とはほど遠い状況でした。
しかし、その場所が子どもたちやアーティストたちの手によって美しい壁画に変わったのです。壁画を一つ一つ丁寧に見ていくと、テレビなどで見かけるタレントや団地内で見かける人の顔を見つけることができます。また名刹の庭に見るような枝ぶりの松や風神雷神のような獅子、楽園に集う人々など、それぞれに表情豊かな絵が描かれました。

トルシーダのワークショップなどを通してアートに触れ、表情豊かに生まれ変わった壁を目にし、子どもたちは、隣接する23棟・24棟にも壁画を描く愛知県立大学の学生による活動にも、目を輝かせて参加したということです。
「やっぱりきれいになると嬉しくて、次は自分たちが住むところもキレイにしたくなるんです」と語る県営保見自治区で区長を務める木村友彦さんも、アートが生み出す力を感じたといいます。

トルシーダによる「HOMIアートプロジェクト」は、言葉が通じなくてもきっかけとつながりがあれば、住民たちが課題解決にむけて協力しあうことができることを示した、象徴的な取り組み。また、この活動を通じて、保見団地で活動する複数団体の分野横断的な協働も始まりました。
その一つが、中京大学の教員・学生との連携です。中京大学と保見団地は近い場所にあります。2019 年度秋学期に現代社会学部で実施された「国際理解教育Ⅱ」という科目で取り組んだ内閣府・豊田市・中京大学の3 者連携による規制緩和事業で、履修者たちが取りまとめた「多文化共生」に関しての提言を背景に、当時現代社会学部で教鞭をとっていた斉藤尚文さんのもと、学生たちがプロジェクトに参加したことで連携が実現しました。
「HOMIアートプロジェクト」は、住民の心の変化を呼び起こすきっかけであるとともに、「保見団地プロジェクト」のきっかけにもなったのです。
5つの団体と休眠預金を活用し具現化した『保見団地プロジェクト』
「HOMIアートプロジェクト」から生まれた保見団地の課題を解決していく「きっかけ」ですが、さらに取り組みを拡げていくためには、多くの人の協力と資金が必要になります。
ちょうどこのとき中部圏地域創造ファンドが、タイミングよく休眠預金を活用して市民活動への助成を行う「NPOによる協働・連携構築事業」を公募していることがわかりました。その公募要領には、チームを組んで申請することとあります。そこでトルシーダ、県営保見自治区、保見プロジェクト(中京大学)、外国人の共生を考える会、愛知県県営住宅自治会連絡協議会の5団体が「保見団地プロジェクト」としてチームを組んで申請し、審査に臨みました。そして、みごと採択され具体的な活動が始まったのです。
この「チームを組んで」という条件について、資金分配団体である中部圏地域創造ファンドの大西光夫さんに聞きました。
「地域で課題解決に取り組む団体にはさまざまに強みを持った団体があります。団体がそれぞれに自律した活動を展開しながら、さらに協働して取り組みを進めていくことができれば、団体が単体で活動するよりも、大きな成果を得ることができます。それは支援を受ける側にとっていいことです。加えて、協働して取り組むことで助成終了後にも持続する関係が作れるのだと考えています。保見団地においても、様々な立場の組織が助け合いのコミュニティづくりに取り組むことで、地域が抱える多様な課題を解決していけるのではないかと考えました。」
こうして生まれたのが、保見団地を「住みやすく、きれいに、楽しい場所」にするために、「ゴミ」「子育て」「高齢者」「アート」「防災」「団地自治」等の多角的なテーマに取り組む「保見団地プロジェクト」です。
このプロジェクトを構成する団体とその役割は次の図の通りです。

これに加えて、中京大学の学生としてトルシーダの活動等に参加していた吉村迅翔さんが代表を務める「JUNTOS(じゅんとす)」という団体が、中京大学の保見プロジェクトと連携し活動を展開しています。外国にルーツを持つ方々に語学学習や交流の場を提供し、さまざまな面で選択肢を広げることを目指しています。いまでは保見団地プロジェクトにおいて、欠かせない存在となっています。
活動のポイントは「一緒に過ごす時間を長く作る」こと
それぞれの団体が担う役割や思いは異なり、様々な活動が展開されました。主な活動は以下の通りです。
活動内容 |
▶子ども食堂、高齢者サロン等による集会所を拠点とした交流の促進 ▶集会所・アートプロジェクトの空間・公園等を活用した自主的な交流活動の進展 ▶生活課題を抱える人に対する食糧配布等の支援、出前型支援、相談体制の充実 ▶外国にルーツを持つ子どもの教育支援、地域活動参加の促進 ▶自主サークル、防災活動、コミュニティビジネスを通じた外国人住民の自治活動の促進 ▶ルール違反のごみ問題に対する住民参加型のごみ回収、ルールの啓発 ▶生活や自治活動に関わる情報を住民に届ける多言語情報発信 |
活動トピックス1:移動式公民館 |

活動トピック2:自治区と中京大が協働したゴミに関わる取り組み 自治区で行う清掃活動に中京大生がお手伝いを行う他、ゴミ出しについての多言語放送、分別ルールの動画づくり、ルール違反のゴミ観察を行って防止用の照明を設置する取り組みなど、チーム団体間で力を合わせることで、今までとは異なるアプローチ・工夫が可能になりました。結果、より多くの住民がゴミ問題を意識するようになってきています。 |

しかし、プロジェクトを進めるなかには、同じように考え、足並みをそろえながらの作業が求められる場合もあるはず。そんな場合の難しさはなかったのでしょうか。
「もちろんありましたよ!一例をあげると、2020年に行った団地住民へのアンケートの時のことです。そこで最も付き合いが長く理解し合っていたはずのトルシーダと私がぶつかったのです」と斉藤さん。
その衝突はアンケート発送間際に発覚したミスの対応だったそう。この件は、話し合いをしたものの、結局、折衷案を見つけられずに、トルシーダがその対応を行ったとのこと。様々な活動を進める中では、実際に保見団地の住民を代表してまとめる立場である人と、斉藤さんたち実行団体のメンバーのように外部から入ってきた人たちの間にも、時には思いの違いから折り合いがつかない場面もあったといいます。それらをうまく乗り越えるためのコツを、斉藤さんは次のように教えてくれました。
「最大のポイントは、相手と一緒に過ごす時間を長く作ることです。何気ないやり取り、雑談を重ねる中で、お互いに気心が知れる関係を築くことができます。」

一方で、住民代表である県営保見自治区自治区 区長の木村さんは、ぶつかり合うことにも前向きです。 「居住者のなかには、外部からさまざまな人たちが入ってきて活動することを反対する人もいます。でも、私は斉藤さんをはじめとした皆さんは県営住宅をよりよくしようとの思いから、さまざまなことに取り組んでくれていることがわかっています。だから大賛成!多少、ルールの壁があったとしても、よりよくなればいいのです。」
多様な人とのつながりの中で活動を実施するためには、衝突を避けることができません。互いの主張が違うのは当たり前。多様性への理解が、活動を前へと進めているのです。
保見団地プロジェクトを支える手
チーム団体以外にも、保見団地プロジェクトの連携は広がっています。例えば、保見団地内には介護・ホームヘルプ事業等を担う「ケアセンターほみ」。ここは、訪問ホームヘルプ、障がい児デイサービス、障がい者の訪問サービス等を行っていて、県営保見自治区で副区長の藤田さんやJUNTOSの吉村さんも児童指導員として勤務しています。センターは、土曜日はJUNTOSの学習支援の場として一般の子どもたちに開放され、子どもたちは宿題をしたり、おしゃべりをしたり、遊んだりして過ごします。
実は、JUNTOSは学習支援を集会所で行っていたのがコロナ禍で使えなくなってしまいました。それを知った「ケアセンターほみ」を運営する上江洲恵子さんが、ケアセンターを使ってもよいとの声を掛けてくれたのです。今は、毎週金曜日にトルシーダと保見プロジェクトで行うフードパントリー・子ども食堂でも、センターの軒下を使わせていただいています。
県営保見自治区 副区長の藤田さんは、ケアセンターほみに関わる中で、気づきがあったといいます。「日本人と外国人には言葉の壁があると言います。でも、わたしは障害をもつ子との関わりを通して、それは関係ないと感じているのです。言葉を話すことができない子は、全身を使って私や上江洲さんに会えた喜びや要求を伝えてきます。言葉がなくても、しっかり私たちに伝わってくるのです。言葉よりも日々を共に過ごすことの積み重ねが、何よりも大切です。これはよりよい保見団地を考えていく上でも、大切な視点だと感じています。」と話してくれました。
「ケアセンターほみ」が単なるケアセンターとしてだけではなく、団地内の人々と保見団地プロジェクトの実行団体やその活動、そして心をつなぐハブセンターになっています。
保見団地プロジェクトは、このように「ケアセンターほみ」に代表される様々な支え手にも恵まれながら、着実に前に進んでいるのです。

活動のビジョンづくりは住民主体で
保見団地プロジェクトを実施中に、新たな出会いがありました。建築家の筒井伸さんです。筒井さんはコロナ禍以前は南米の都市や建築・文化に関する調査や建築設計を主に活動としていましたが、コロナ禍でそれが難しくなり、そこで、学生時代の友人が住んでいた保見団地なら南米に関する活動ができるのではないか、との思いから保見団地プロジェクトのメンバーとなりました。トルシーダが行う移動式公民館やアートプロジェクト(=プラゴミにアイロンを使ってバッグをつくるワークショップ)に参画。現在では、「保見団地プロジェクト」が取り組む保見団地の将来ビジョンを検討する会議のファシリテーターとして関わっています。
筒井さんは、保見団地プロジェクトのビジョンづくりの特徴を次のように話します。
「一般的にまちづくりのビジョン作成は、アンケート調査やマーケティング調査などを行って、その結果を基にまとめるといった作られ方が多いと思います。しかし、保見団地の場合は違います。ワークショップを開くなどして住民の方の意見を聞き、地域の方々がどんな場所を作りたいかといった思いを聴きだし、それを我々が形にします。ですから、もし地域の方々の気持ちが変われば、その段階でビジョンも更新するといった方法です。住民の皆さんの声を聞き入れTrial and error を重ねながら希望のかたちを作り上げていきます」
ワークショップは計4回開催。大人も子どもも外国人も日本人も、様々な人が参加し、だんだんとビジョンが形作られていきました。

こうして2023年2月には、「保見団地将来ビジョンブック」が完成しました。
この中には、「保見団地の歴史」や「将来ビジョン策定のプロセス」などが掲載されているとともに、ワークショップを通じて参加者が体感した多様な価値観を、さらに拡大し未来につなげていこうという思いのもと生まれた、将来ビジョンのコンセプト「保見21世紀のユートピア」というキャッチフレーズや、そのイメージ図なども掲載されています。

2023年3月で休眠預金活用事業の「保見団地プロジェクト」は終了となりましたが、4月以降は「保見団地センター」という名称で活動を引き続き展開していく計画です。
「保見団地プロジェクト」から生まれた様々なつながりを背景に「保見団地センター」は、「将来ビジョン」の実現に向けて、これからも一歩一歩、歩んでいきます。
【事業基礎情報】
実行団体 | <保見団地プロジェクト:チーム構成団体> |
事業名 | 日本社会における在留外国人が抱える課題解決への支援と多文化共生 |
活動対象地域 | 愛知県 |
資金分配団体 | 一般財団法人中部圏地域創造ファンド |
採択助成事業 | <2019年度通常枠>NPOによる協働・連携構築事業副題:寄り添い型包括的支援で困難な課題にチャレンジ!創造性を応援! |
パブリックリソース財団は、休眠預金等活用事業の中ではまだ珍しい「組織基盤強化」に対して、資金分配団体として支援を行いました。
活動の概要
一般社団法人えんがおは、地域の高齢者や精神・知的障がいを抱えた人、若者などが一緒に集える場づくりをとおして、多様な世代間交流を促進し、孤立の予防と解消に取り組んでいます。活動拠点は栃木県大田原市です。
具体的には、中高生や大学生の勉強場所、高齢者が集う地域サロン、障がい者グループホームなどを全て徒歩圏内に開設し、日常的な交流を意識的に促すことで、コロナ禍でより一層深刻になった孤立対策を進めています。
2021年度に休眠預金を活用し、新たに精神・知的障がい者向けグループホームの男性棟を開設。既存の女性棟の入居者とともに、入居者が日常的に地域と関わりながら生活することが可能となるよう、専門スタッフによるサポートを行いました。
活動スナップ
撮影に同行したJANPIA職員のレポート
車窓から目に入る景色が彩り豊かな季節、一般社団法人えんがおの地域サロンを訪問。ガラスの引き戸をあけると「どうぞ、いらっしゃーい」と、ふたりのおばあちゃんが暖かく迎えてくれました。
もともと酒屋だった2階建ての家屋の1階がサロンとして、2階が中高生・大学生の勉強場所として、地域に開放されています。この日は、近所で暮らしているおばあちゃんたちがお茶をしながら、不登校の中学生や通信制高校に通う高校生、大学生がえんがおのスタッフとおしゃべりしていました。

えんがおでは、高齢者のお困りごとに対応する「生活サポート事業」も行っています。高齢のひとり暮らしが多いため、「電球を交換してほしい」「寒くなってきたから毛布をもう一枚追加したいんだけど、押し入れの奥から出せない」といった依頼が寄せられ、そのサポートをしているのです。
訪問した日も「庭木の植え替えを手伝ってほしい」という依頼があり、スタッフや学生ボランティアがスコップを抱えて出かけていきました。
このように行政の制度からこぼれ落ちるニーズへ対応しながら、つながりが希薄になりがちな高齢者に生活の安心感や社会とのつながりを提供しています。

えんがお代表の濱野さんにお話を伺うと、特にコロナ禍によって高齢者と地域との分断が進んだと感じている、と聞かせてくれました。家に閉じこもりがちになり、認知症が進んだ事例も少なくないそうです。 そんな課題を抱える地域で濱野さんは、えんがおの活動を通じてつくりたい景色があります。
「行政の制度では、どうしても『高齢者』『子ども』『障がい者』などと対象ごとに事業や予算が区切られてしまいます。でもそうやって区切るのではなく、高齢者も子どもも障がい者もみんなが毎日一緒に過ごして『ごちゃまぜな景色』が地域の日常になっている。その状態をえんがおの活動で目指しています」
実際にえんがおでは、すでに「ごちゃませな景色」がうまれていました。お茶飲みをしているおばあちゃんたちがいて、そこに小さい子どもを連れたお母さんが立ち寄る。午後になれば、学校が終わった中高生が宿題をしに来て、仕事を終えた知的障がいのある人がその日の仕事について話をし、大学生がそれに応える、といった日常があります。
精神・知的障がいのある人が地域に関わることのハードルは高いと言われていますが、えんがおでは自然に溶け込み、おじいちゃんおばあちゃんの手伝いをしたり、えんがおのペットの世話をしたりと、それぞれの役割を担っています。
このように精神・知的障がいのあるグループホーム入居者がサロンに溶け込めるようになるまでに、えんがおスタッフの約半年間にわたる丁寧なサポートがありました。グループホーム入居後に生活を軌道に乗せるお手伝いをしたり、高齢者や若者たちの輪の中に入っていけるように声がけや橋渡しをしたりと、意識的に地域の人々とのつながりが生まれるように働きかけをしてきたのです。
今後は、サロンの向かい側に学童保育の施設をオープンする予定もあります。えんがおはこれからも地域の困りごとに寄り添い、一緒に解決策を考え、実践していくとのことです。
【事業基礎情報】
実行団体 | 一般社団法人 えんがお |
事業名 | コロナ禍で分断されたつながりの再構築事業 |
活動対象地域 | 栃木県 |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人 とちぎボランティアネットワーク |
採択助成事業 | とちぎ新型コロナウイルス対応緊急助成事業 |
今回の活動スナップは、特定非営利活動法人芸術家と子どもたち(資金分配団体:特定非営利活動法人 まちぽっと)。休眠預金活用シンポジウム(2022年5月開催)で放映した「休眠預金活用事業紹介ムービー」の制作にご協力いただきました。シンポジウム用の動画ではご紹介できなかった動画を再編集し、撮影に同行したJANPIA職員のレポート共に紹介します。””
活動の概要
芸術家と子どもたちは、東京都豊島区を拠点に、現代アーティストと子どもが出会う「場づくり」を行っているNPO法人です。アーティストが小中学校や児童養護施設、特別支援学級などへ出かけていき、ダンスや演劇、音楽などのアートに関するワークショップを実施することで、多様な子どもたちに文化的な体験を提供してきました。
2020年からは3か年計画で休眠預金を活用し、母子生活支援施設や子ども食堂に通う子どもたち、外国にルーツを持つ子どもたちなどを対象にした活動をスタート。音楽や演劇、ダンスなどを用いて、自己表現力や自己肯定感、コミュニケーション能力を育んでいます。
活動スナップ
撮影に同行したJANPIA職員のレポート

堤康彦さん、撮影の様子。撮影はZAN FILMSの本山さん、もろこしさん。
「アーティストはモノの見方が新しくおもしろい。そういったアーティストの専門性やクリエイティビティと、子どもが出会うことで、どんな化学反応が起きるのかワクワクしませんか」
『芸術家と子どもたち』の代表を務める堤康彦さんが、活動を始めたきっかけを紹介してくれました。例えば、学校の授業では学習が難しく、突飛な行動をしてしまう子どもが、アーティスト・ワークショップではおもしろいアイデアを出して生き生きとリーダーシップを発揮するケース。正解や間違いがなく、おもしろがったり褒めあったりすることで「みんなが認め合える場」として、アーティスト・ワークショップを子どもに届けています。
一方で、活動の根幹には強い課題意識があります。日本社会、特に東京のような都市部で暮らす子どもは、日々の生活に困難さを感じているのではないか。子どもにとって大切な「体験する機会」が奪われていないか。コロナ禍で、貧困家庭やひとり親家庭の子どもはどう過ごしているのか。
『芸術家と子どもたち』がアーティスト・ワークショップを重視している理由は、子どものときから自分を素直に出して人とコミュニケーションをする体験が、とても有効だと考えているからです。自己肯定感が低くて自信を持てないことは、他者との関係構築が難しくなるなど、人間関係にさまざまな弊害をもたらすため、子どものときにありのままの自分を認める体験を届けようとしています。
休眠預金を活用し、資金分配団体である『まちぽっと』の伴走支援を受けて活動を進めるなかで、豊島区内の団体でのコラボレーションが実現しました。同じ豊島区で、子ども食堂や遊び場を運営する『豊島子どもWAKUWAKUネットワーク』との連携が実現し、食堂に集まる子どもを対象に演劇のワークショップを定期的に行っています。
この連携によって活動の幅が拡がっただけでなく、とても大切な気づきがあったと事務局長の中西麻友さんが教えてくれました。

中西麻友さん、撮影の様子。
「今までは児童養護施設などの既存施設にいる子どもを対象に活動してきましたが、今回活動してみたことで、その入所対象からは外れてしまうものの、困難な状況にいる子どもがいることを知りました。そういう子どもの存在は見えにくく、制度に置き去りにされています。彼らに対して私たちが何かできることはないか、と考え始めました」
この問題意識をもとに、福祉の現場で活動する団体との連携をさらに進め、母子生活支援施設※の子どもに向けたワークショップも開始しました。
※生活上のさまざまな課題を抱え、子どもの養育に困難を抱える母子世帯の生活と自立を支援する児童福祉施設。
ワークショップの最後に行う発表会には、地域の大人も招待しています。地域の人が見守っていてくれて、褒めてもらえると、子どもは「自分は見てもらえている」という実感を得ることになるからです。
「人とつながる経験は子どもの心に残って財産になり、成長して壁にぶつかったとしても、前向きな原動力になると信じています」
中西さんが力強く話してくれた言葉が、とても印象に残りました。
【事業基礎情報】
実行団体 | 特定非営利活動法人芸術家と子どもたち |
事業名 | プロの芸術家による表現ワークショップを通じた当事者の交流及び共同創作事業 |
活動対象地域 | 東京都 |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人 まちぽっと |
採択助成事業 | 市民社会強化活動支援事業 〈2019年度通常枠〉 |